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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第四章 一人じゃないから

 その言葉は、思いがけなく俺の心の深い所に刺さった。俺の眼のまえに浮かぶのはアイシャとゼロ。


ピジョンブラッドを投げてよこしたハレルヤに、俺は「命を粗末にするな」と怒声を上げていた。


 俺は、笑顔を作って、スクルドに告げる「俺は死んだり消えたりしないよ」何の根拠もないし、その言葉は芝居がかっていて、我ながらどこか嘘くさかった。でも、そう言うしかないような気がした。


「ごめんね」とスクルドが俺を見て言った。俺は無言で小さく首を横に振った。


「あのね、最近、色んな言葉が聞こえてきて……私にはそれが誰の言葉なのかはっきりとは分からないの。私はその役目を背負った人間。でも、ふとした時に思うの。私は、おかしくなってしまったんじゃないか、私は正しい言葉をみんなに伝えているんだろうかって。そんなこと、答えが出るわけない。それに、自分の運命を受け入れてアカデミーに拾ってもらったのに、私は私を否定しているのかもしれないって」


 そう言うと、スクルドは言葉を詰まらせた。先程よりかは、少しだけ語調が穏やかになって、多少は冷静さを感じられた。


でも、彼女深い苦しみの中にいることは分かった。そこから、彼女を救い出すのはとても難しいということも。


 俺は立ち上がり、商人の寝床から小さな瓶を取り出す。スクルドに「ちょっと待っててね」と告げて慌ただしく部屋を出ると、ホテルマンに頼んで熱いお湯と、ティーポットを用意してもらう。


 部屋に戻り、それらが届くと、俺はガラス瓶のコルクを抜いた。ちょっと心配だったけど、ふわりと香るエンシャント・ローズの甘くて品のある香りが辺りにただよう。その茶葉をポットに入れ、お湯を注いで少し待つと……ほら、もう完成だ。


 じっと黙ったまま、不思議そうに俺を見つめるスクルドに、薄桃色の紅茶を注いだカップを差し出した。


「エンシャント・ローズの紅茶。美味しいよ。かなり前に買ったまま忘れてたんだ。忘れてたっていうか、もったいなくて気軽に飲まなかったというか。おいしいよ。どうぞ」


「ありがとう」と彼女は小さく言うと、小さなカップに口をつける。少しドキドキしながら事の成り行きを見守っていると、スクルドはいつもみたいな笑顔で「おいしいね」と言ってくれた。


俺も自然と顔がほころんで、微笑んだ。


「エンシャント・ローズって初めて聞いた。高級なものなの? 上品な香りでリラックスできた。ありがとう。アポロ」


「高級って程でもないけど。でも、メサイア大陸以外ではあまり見かけないのかなあ」


「そうなんだ。私ね、アールグレイの茶葉を入れたシフォンケーキ、たまに作ってたの。それもね、すごく香りがよくって、美味しいホイップクリームを乗せて食べると、幾らでも食べられちゃう。材料とオーブンがあれば作れるんだけど……今度は私がご馳走するね」


 その明るい声に、俺は「楽しみにしてる」と返す。良かった。少しは元気になってくれたかな。


 そんな俺の心配を悟るかのように、少し落ち着いた声で、彼女は「ありがとうね。もう大丈夫だから」と口にした。


 そうは言っても、やはり簡単に片づけられる問題ではないこと位分かる。俺は何か声をかけてあげたくって、でも、何て言ったらいいか分からなくって、思いつくままに自分のことを喋り出していた。


「俺も、たまに誰かの声が聞こえることがあるんだ。声が聞こえるというか、映像が見えるというか……どういうわけだろう。そういうのはきっかけがあって、突然訪れる感じではないし、俺はシャーマンとか預言者とかではないと思う。だから、戸惑いながらも、何かのヒントを与えられているのかなって、どこか軽く考えてた」


 そうだ、そうなんだよな……俺は戸惑ってはいたけれど、真剣に悩んでいたかって自問したら、違うんだ。だから似たような経験をしたとはいえ、スクルドの辛さが分かるとはいえない……でも……


 俺は言葉を続ける。

「あのさ、間違ってるかもしれないけど、スクルドの受け取る言葉は、スクルドに色んな道を教えているような気がするんだ。それが正しいか危険かまでは分からないけどさ。だから、スクルドが何かの言葉で迷ったら、俺やパーティの皆で一緒に考えるから。だから、一人で抱え込まないで。それが仲間だからさ」


 スクルドは無言で立ち上がった。俺が行動を起こす間もなく、彼女は俺の手をとった。少し冷たい、スクルドの指。


「明日はいつもの私で皆に会える。ありがとう。またね」


 彼女はそれだけ口にすると、静かに部屋から出て行った。よかった……んだよな……多分……なんか妙にドキドキしてしまった。


 俺はふわふわした足取りでベッドに向かう。


 彼女の言葉通りならば「今は不死身」なんだ。だから、彼女を置いて行くなんてことは考えられないというか、考えたくなかった。俺もスクルドも、行かなくっちゃ行けないんだ。


 怖い考えを振り払い、枕に顔をうずめる。大丈夫だって、気持ちを強く持つ。そうだ、俺が彼女に言ったじゃないか。全力で頑張っても迷ったときは、仲間がいるから。俺が誰かの助けになれれば。それに誰かが、俺にはいるんだって。そう思うと、気が楽になって、俺は全身が安堵に包まれ、眠りに落ちていく。


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