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廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第十巻 凡人の為に戦争の火を灯せ
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第三章 預言者

「そうですね……街の状況は気になりますが、ホテルで休むのがよろしいかと。皆さん疲れているはずですし、行きましょう」


 ギルディスの言葉と共に、エノク教会の三人は長い足でさっさと街の中に入って行く。俺は小声でジェーンに「黒夢姫がいなくなったのは、街にとってはいいことなんじゃないの?」と聞いてみた。


「難しい質問ね。守護神であり災厄をもたらす者ってのは、珍しい話じゃないわ。ただ、滞在中に少しここの住民と話をしたけれど、ここの神様は白蛇が神の使いであり化身のマルドゥーク。黒夢姫となんらかの関連があっても、彼女が神の眷属とは考えにくい……そうね。私も後で少し話を聞いてみる」


 そんな俺達にエドガーが疲れた声をかける


「おいおい、よく分かんねーけど、まずはホテルだろ。ホテルが壊滅してたら慌てようぜ」


「まあ、そうだよね……」と俺は弱々しく答える。


 たまに通りすがる人に、変化はないようだ。気にしすぎなのか? 街中は落ち着いているらしいが……少し緊張して立派なホテルの中に入ると……前と同じようにホテルマンに挨拶をされて、部屋へ案内される。


 一人になって静かな部屋で棒立ちになる。この街に何か変化があるとは思えないけど、いいや。とりあえずシャワーを浴びて休もう。俺は手早く服を脱いでシャワーを浴びる。肌の上は勿論、羽や髪の毛に手を入れると、細かい砂が出てくる出てくる……疲れて即ベッドなんてしなくてよかった。


 俺は手早く身ぎれいにして、下着を着たら部屋にあった水差しから直接水を飲む。はあ、身体に染みわたる水分がありがたい。そのままふらふらと苔色のソファに身をまかせ、少し休もうとした……


 と思ったら扉を叩く音がした。あれ? 俺ちょっと寝てた? また、扉を叩く音がした。夢なんかじゃないぞ。俺は慌ててシャツとハーフパンツを身に着け、扉を開く。そこにいたのはスクルドだった。


「あれ? どうかしたの?」


「うん。疲れてるのにごめんね。それで、中に入れてもらってもいいかな。少し話がしたくて」


「うん。いいよ」


 とは言ったものの、なんかスクルドの様子が変だ。普段なら気を使ってこういう時は話しかけに来ない気がするし、何より彼女の顔色が曇っていた。


 二人で対になっているソファに腰を下ろす。自分で話があると言っていた彼女は伏し目がちで、口は閉ざされたままだった。俺はなるべく穏やかな口調で「どうかしたの」と聞いてみた。


「その……声を聞いたんだ……」


「あ、そうなんだ。今度はどういう預言なの?」


 俺が軽くそう返事をしたら、スクルドは目を見開き、その美しい青い眼差しで俺の瞳を射抜いた。そして、彼女の物とは思えない厳かな声。


「お前は火を盗んだ

 お前は火を与えた

 お前は神を愛を詩を教え

 お前は死を戦を干渉を教えた


 存在してはならない忌み児

 特異点の翼と二つの印を持つ者よ

 世界に再び戦乱の火を灯すのは

 廃墟の上に降り立つ太陽王アポロ」


 スクルドは言葉を終えた後も、俺をじっと見つめたままだった。でも、俺はすぐに言葉が出なかった。アポロは、俺の名前だ。アポロという名前は、本来なら神話の中にいる太陽神アポロを指すはずだ。それは俺じゃない。教会で聖人の名前を貰う子や、名家で名前を受け継ぐ子や、俺みたいに名前のない子供が自分で勝手に名乗ることだってある。だから、世界には「自称アポロ」が何人もいるはずだ。


 だが、俺は翼を持ち、左と右の手の甲に鷹と太陽の紋章が刻まれていた。


 シャワーを浴びたばかりなのに、背中が汗ばんでいる。俺ではない、はずだけれど、俺かもしれない。


「俺の、ことなの?」そんな言葉が不安と共に口からこぼれてしまった。スクルドはじっと俺を見つめたまま、優しい声で言った「分からない。でも、アポロは今回の場所には行かないで」


 全身を包む寒気と共に、スクルドの姿とルディさんの姿が重なる。ルディさんは俺に言った。俺がアカデミーを殺戮都市に変える力を秘めているらしいことを。でも、ルディさんが俺に<バプテスマ>をしてくれた時、痩せた男は俺に祝福の言葉をかけてくれたはずだ……


 俺は、誰を、何を信じればいいんだ? 

 

 何で皆、好き勝手なことを言うんだ? 俺は、ただ、冒険したいのに。俺は、悪いことしてないのに。


 記憶にないけれど、悪いこと、してたのか? 分からない、分かるはずがない。


 俺は、悪なのか?


 だったら聖属性という意味は? 俺とエドガーが聖属性で蓮さんが闇ならば蓮さんが悪か?


 しっかりと座っているのに、足元がぐらつく。弱気が不安が不満が、とめどなく溢れ出す。身体が小刻みに震えているのに気づいた。でも、それを止められない。


「ごめんなさい」


 その声で我に返った。それを発したスクルドは悲痛な顔をして、涙を手で拭っていた。俺は一気に冷静さを取り戻した。


「何でスクルドが謝るのさ。俺の方こそごめん。あまりにも急で……色々あって……すぐに返事ができなかった。今も、気持ちの整理がついていないけど……でも、君は悪くないから……」


「そんなことない!」


 それは、彼女の叫びだった。先程の悲痛さはなりを潜め、俺が今まで見たことがないほどの、怒りの色が顔に広がっていた。


「私が誰かの言葉を受け取ることで、傷つく人がいる。私の言葉は楔にもなり、世界を混沌へと導く悪鬼にもなる。私、私、こんなの、嫌だ。せっかくの仲間を……アポロを……傷つけるために旅をしているわけじゃないのに」


 そのままスクルドは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。部屋の中で彼女の声が響き、俺の心を刺す。


 俺は彼女の辛さを全く理解していなかっんだ。きっと、俺にこの預言を話さなければならないのを、一人悩んだはずだ。俺が知らないスクルドの人生の中で、こういう役目を何度もしてきたのだろうか。


 俺はスクルドの声が落ち着くのを待って、彼女の名前を呼んだ。スクルドは怯えるような目で俺を見た。でも、俺は普段通りに彼女に話しかけた。


「教えてくれてありがとう。一人にしてごめんね」


 彼女は黙って首を横に振る。


「俺は、行くよ。スクルドの言葉が俺のことを指しているのは分からないけれど、どちらにしろ、ポータルを起動する俺がいないとあの場所へは行けないんだ。それにさ、俺にはエドガーと蓮さんがいる。ジェーンやフォルセティさん達も。万が一だよ、ありえない話だけど、俺がもし道を間違えたら、彼らが俺を正してくれるはずだ」


「アポロ……お願い。消えたりしないで」


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