第二章 蛇が消えた街
「貴方達はとても仲がいいんですね。まるで家族みたいだ。こんなにリラックスしたジェーンの表情、初めて見ましたよ」
するとジェーンは慌てて「普段はお堅い方々との交流が多くて、ちびっ子と触れ合う機会が少ないので」と軽く微笑む。ちびっ子って何だよ!! そう思ったがさすがに口には出さなかった。
エドガーは相変わらず少し、いやかなりご機嫌斜めらしい。俺達に背を向けると、また何かを食べ始める音がした。
「ギルディスとグレイこそ、とても長い付き合いになるんですよね。同じ街で育ち、同じギフテッドで、同じ教会に入るって中々いないと思います」
俺がそう告げると、グレイがほんの少し得意げに「まあな」と言った。ギルディスは柔和な笑みを浮かべる。この二人こそ、家族というか、仲良しの兄弟って感じだ。
「二人はずっと一緒なんだろ。嫌になったりとかないんですか?」俺がそんな質問をしてみた。グレイは手を顎に当て、少し考えるような動作をして言う。
「そうだな……俺はないかな。こいつは文句がつけようがない優等生なんだ。たまにその優等生っぷりに疑問を抱くことがあるけどな」
へー本当に家族というか、親友って感じだなあ……それを聞いたギルディスは穏やかな微笑でそれに応える。
「そんだけお喋りできる元気があるならさっさと行こうぜ。夜の砂漠なんて俺は嫌だぜ」
エドガーが誰もいない方向へそう声をかけた。確かに、それはそうだ。皆静かにその言葉に従い、出発の準備を始める。フォルセティさんが小さく「行くぞ」という言葉を合図に、俺達は再び歩き出す。
俺の前を歩く、派手な衣服を着たエノク教会の三人。フォルセティさんはともかく、ギルディスとグレイとはなんとかうまくやっていけそうな気がする。フォルセティさんも、エドガーとのことを除けば……
って、そういえば俺、フォルセティさんと会話したことすらないかも! 眼中にないって感じ! 色んな秘密を抱えていて、蓮さんが頼んでもあまり口を割らなかったしな……
それはエノク教会の地位ある人物として当然の行動かもしれない。この人も相当謎が多いよな……ただ、救いは彼が俺らの敵になることは考えにくいってことかなあ。
そんなことをぼんやりと考えながら、ひたすら歩く。俺やエドガーやフォルセティさんは翼があるから、空を飛んで行った方が早いはずだけど、流石にそこまで焦っているわけでもないしな……
あれやこれやと心配事や雑念はわくけれど、ある時から、ひたすら身体を動かすことだけに集中する。少し気分が高ぶっていて、疲れをあまり感じない。どこまでもいけそうな気がする。
疲れも恐れもなく、俺は仲間たちを歩き続けていた。
「あ、街よ」
そうジェーンが言葉にするが、その先には何もない……あっそっか、結界を張っているんだっけ。俺の疑問に答えるように「あと十分くらいかしらね。頑張りましょう」と皆に向けて声をかけてくれる。
急に解放感というか、安堵と疲れが身体を包む。シャワーを浴びてからベッドに入りたいな。その前に少しだけ何か食べたいな。でも、この街って食べ物があんまり美味しくないんだよな。果物じゃなくてやっぱり肉や魚が食べたいよな。
俺がすっかり休憩気分になっていると、ジェーンがいきなり立ち止まる。右手の人差し指と中指を高々と掲げ、唱える「スレイマニエ・スレイマン」
小さな、硝子が割れるような音と共に出現した街。俺は気が緩みため息をつく。何はともあれ、無事に戻ってこれた。
って、あれ? 入り口に誰かいる……皮のドレスを着た、すらりとした金髪の……
「スクルド! どうしたの、そんなとこにいて……」
俺がそう言って駆け寄ると、彼女の顔色がいつもとは違った。明るくて笑顔を絶やさない彼女らしくない、緊張した面持ち。
「みんな……良かった……街にある蛇の像が、残らず壊れてしまって、街が混乱状態で……私、皆の身になにかあったかと思って……ハレルヤは大丈夫だって慰めてくれたけど、心配で……」
「黒夢姫が力を失ったからその影響だと思う。僕たちのことなら大丈夫だ。目的の物も手に入れた。一人にして悪かった」
蓮さんがそう説明すると、スクルドは困ったような顔のまま、ぎこちない笑顔を作った。
「ごめんなさい、一人でいたら悪いことばかり考えてしまって。騒ぎは、今は少し収まってお店も営業はしているから、戻って来たばかりなのに不安にさせてごめんなさい」
「まあまあ、休んだらここから移動するしあんま気にすんなよ」とエドガーがぶっきらぼうな優しさを見せる。スクルドは相変わらずぎこちない笑みで応える。