第三十三章 危うい交信
「僕が修羅の力を完全に開放したなら、この場所でも交信に応えられそうなのだが、それは避けたい。誰か闇魔法の使い手はいるか?」
あ! そういえばリッチが逆さバベルの塔とか死霊の多い場所だと、交信できるって言ってたんだっけ?
でも、ここにいるのは俺達とエノク教会の人達なわけで、闇魔法なんて誰も使えないはず。でも、蓮さんが修羅になるって、それは避けたい!
「ちょっと待って! 蓮、早まらないでね。闇の領域の力は引き出せないけれど、他の魔法でどうにかなるかも。その指輪をこっちに向けてみて」
ジェーンは少し緊張気味にそう口にした。ジェーン頼む! 修羅になった蓮さんがリッチと会話なんて、考えただけでぞっとする!
ジェーンは右手を空の上で遊ばせ、何かの印を作ると、厳かな声で唱える。
「汝は夢
我は現
汝は遍在し
我はその欠片を集めよう
そして誓おう
浮世にその身を顕現させんことを
あまたの声よ瞳よ 来たれ アシャムドゥ・ジン!」
ジェーンの魔法で、目の前には大男が現れた。下半身は雲で覆われている、筋肉隆々の裸の大男。堂々とした口髭に、頭はほぼ剃り上げて、長い黒髪を垂らしている。べんぱつって奴か。
初めて会ったのだが、その大男は、精霊だと気づいた。穏やかな風の魔力を感じるんだ。彼は風の精霊ジンのはずだ。あれ? 風の力でどうするつもりなんだ。
俺がそう思っていると、大男のジンは指輪に突撃した。いや、その姿は指輪の周りで瞬く間に小さくなり、消えてしまった。指輪に吸い込まれている? しかも自分の意志で? どういうことだ?
俺の疑問の代わりに、指輪からはおぼろげな姿が投射されていた。白い肌に映える赤い眼。リッチだ。俺は無意識に一歩後ずさってしまっていた。情けなさにぐっと奥歯を噛む。
ただ、これは幻影か何かなのは分かる。指輪から出ている瘴気はそこまで感じられない。
「久しぶり。元気にしてたか?」
リッチは軽い口調で俺達に告げる。それにエドガーが「うるせえ! 舐めた口ききやがって!」といきなりくってかかる。ひやひやしたが、リッチはそれには反応せず、蓮さんが静かに「そうだな。順調だ」と返した。
「順調ってことは、奴を倒す為の対抗手段を手に入れたと思っていいのか?」
「おい、てめえ無限のひとひらって奴のことを知ってるんだろ! 猿芝居は止めろ!」
俺もエドガーの意見に賛成だが、リッチ相手にそれを言うのは……無謀というか、エドガーらしいというか……
でも、相変わらずエドガーの言葉には全く反応していない。聞く耳なんて持たないって感じだ。
「エドガー。無駄よ。おそらく、指輪の主は蓮としか交信できていないはず。私達の声は彼には届いていない」
ジェーンがそう告げると、エドガーは不満そうに返した。
「どういうことだよ」
「どういうことって、見た感じそうじゃない。複数人物と遠くから会話をするなんて、普通の魔法使いじゃ無理よ。こうやってどこかから会話しているだけでもすごいのに」
「だから、相手は普通じゃねーんだよ。リッチだぞ。最上級の魔導士なんじゃねーのか。透視とか俺らの行動を監視とかできてもおかしくねーぞ」
そうやって食ってかかるエドガー達にフォルセティさんが静かに「黙れ。蓮に会話をさせろ」と制した。
ジェーンは勿論、エドガーも不満そうだが口を閉じた。
「そうだ。と言ったらどうするつもりだ?」と蓮さんが口にする。それを聞いたリッチは喜びの色を含んだ声で応えた。
「いいねいいね。そうでなくっちゃ。流石、恐ろしい集団だよ。随分早く見つかったようでなによりだ」