第三十二章 一難去ってまた……
「は? はああああ? おい! 蓮! この男は何をほざいてやがるのか、翻訳していただけないでしょうか!!!」状況を掴めてないエドガーが怒声を飛ばすと、
「蓮、この無作法な悪漢にも分かるように説明してやってくれ」とフォルセティさんも皮肉の応酬。親子喧嘩の板挟みになり、流石の蓮さんも苦い顔。
「エドガー。僕たちの今の旅の目的は、朱金の天人を倒すことだろ」
「ああ、そうだが」と不機嫌そうにエドガーが返す。
「そのためには、彼の世界をモノクロにする不思議な能力を無効化する必要がある。ある者の話だと、ジパングで手に入れた睡蓮八卦鏡は、どうやらその用途では使えないらしい。その代わりに、フォルセティ殿が無限のひとひらを手にすると、天人の力を無効化できるそうだ」
エドガーは渋い顔。納得できていないというか、疑わし気な視線を蓮さんに向ける。
「ならよ。そこにいる銀龍聖騎士様が使えるってーことは、同じ銀龍聖騎士の俺も、無限のひとひらを使えるってことなんじゃねーのか?」
え? そうなの? 蓮さんもフォルセティさんを見る。彼は落ち着き払った声で「そうかもな」と言った。すると、エドガーが驚いた顔のまま固まる。俺もだ。フォルセティさんは何が言いたいんだ?
「だが、せっかくの秘宝も使い方が分からないと宝の持ち腐れだ。そこにいる大男は世界が崩れるまで、その紙切れを後生大事に持っているつもりか?」
まあ、そうだよね。聖騎士か聖なる者が扱える? アイテムらしいが、使う手順とか開放の呪文とかが分からないと使えないかもしれない。
俺は、もう一度あの朱金の天人に会いたいと思っていた。世界の滅びを防ぐという意味だけではなく、確かめたかった。倒したいっていうよりも、もし、彼が飛揚族だとしたら。
でも、今はそんなことを言ってられない状況なのかもしれない。世界が壊れてしまったら、俺達は何もできない。終わりだ。それを防ぐ任務を受けたエノク教会の人に、アイテムを渡すのは自然なことだ。だけど……
「嫌でございます」とエドガーが苦虫を嚙み潰したような顔で口にする。
「俺らは俺らのやり方で奴を倒すんだよ。そちらの教会の信心深い方々は神にでも祈っていて下さいましで御座います。おい! アポロ! 蓮! ジェーン! いくぞ!」
エドガーが苛立った声を上げるが、俺も蓮さんもジェーンも顔を見合わせるばかり。ジェーンがぎこちない笑みを浮かべて、エドガーに近づく。
「ねえ、エドガー。それを手に入れるのに苦労したのも、フォルセティ様との関係も、少しは理解しているつもりよ。あんたの性格も少しは分かってるつもり。でも、今は世界が少しずつおかしくなっているの、分かるでしょ。黒夢姫は消えたみたいだけど、フォルセティ様がそれを求めてることは、理由があるはずなの。ねえ。ここは折れてくれないかしら」
ジェーンの言葉は正しい。でも正しすぎて逃げ場がなくて、へそ曲がりのエドガー坊ちゃまは黙り込んでしまった。そんなにこの親子の確執は深いのだろうか。蓮さんと四式朱華との関係は、あまりにも恐ろしい物だ。でも、この親子にはそこまでのものはないよな……
親族や同じ種族を探すのを旅の目的の一つにしている俺としては、エドガーがここまで意固地になるのがもどかしくなってくる。いや、もしかして、近しい間柄だからこそ反発してしまうのか? うーん、分かんないけどさあ、頼むよ、エドガー。ここは渡そうよ。
「分かった。ならば私達が蓮たちのパーティに同行しよう」
「は?」とエドガーが間の抜けた声を出す。
「いずれ嫌でも渡すことになるだろう。なあに、戦力が増えるのは願ったりかなったりだ。蓮、共に行くぞ。お前がいると心強い。世界の危機を救うために旅をしているのだろう。よもや、この誘いを断るとは思えないのだが」
蓮さんを無理やり引き入れようとしてるよ! でもなあ、エドガー親子の確執を除けば、目的は一致しているんだから、一緒に行くのも悪い話ではない。むしろ、心強い戦力が増えて喜ばしいことかもしれない。
だが、蓮さんは苦笑いを浮かべ頭をかいていた。こんな蓮さんを見るのは珍しい。この親子の間に立つって骨が折れることだろう……
なんて他人事でいたのだが、殺気が走った。蓮さんの目が、金色になっている。え? 修羅の力を開放? 今?
「お、おい蓮。馬鹿な真似はよせよ。穏やかに行こうぜ」と、気づいたエドガーが蓮さんをなだめようとする。
しかし蓮さんは無言で、自分の腰につけていた小さな袋から何かを取り出した。古ぼけた、小さな指輪。それは、リッチから預かった死者の指輪だった。その指輪が妖しい黒い光を帯びている。
「先程から、リッチから交信が来ているようなんだ。丁度無限のひとひらを手に入れた時に反応するなんて、奴は僕らを監視しているのか?」
蓮さんは金色の瞳のまま、冷静に口にした。俺は生唾を飲み込む。リッチ。朱金の天人も恐ろしいが、奴だって十分油断ならない、恐ろしい存在だ。