表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第九巻 懐かしい人と千の夜を抱く黒夢姫
251/302

第三十一章 夢から覚めても

 シェヘラはエドガーが握った手の上に、もう片方の、骨しかない手を重ねた。


「私は……昔、身分違いの恋をした。今でもその人を愛している。夢の、悪夢の力を持つ、傲慢で残虐な王様。でも、なんでかしら。千の夜を越えて、今は私が恐ろしい黒夢姫。人間は誰もいない城の、たった一人だけのお姫様」


 そう告げると、シェヘラはエドガーに重ねていた手を離し、どこか遠くを見つめているようだった。それから、何かを探るような口調で語り出す。


「私は……シェヘラザード。私は……黒夢姫。私は……殺した。愛しい人を。私は、愛しい人を、あの人を愛していた……愛していたのかしら? 分からない。私は、誰なのかしら? 私は、沢山の人を……」


 その時、髑髏の眼窩から、転がる財宝の間から、大小様々な蛇が出現していることに気が付いた。俺は寒気を覚え、無意識の内に太陽の外套を発動していた。


 光が辺りを照らす。バリアが割られることも、蛇が襲ってくるわけでもない。でも、この状況はあまりにも危険だ。


「エドガー!! シェヘラから離れて!!」俺は大声で叫ぶ。しかし、彼はその場から動こうとはしなかった。


「それ以上はいい」とエドガーは彼女の口元を、大きな手でそっと包む。


「愛した人との思い出は、シェヘラだけの物だ。大切にしまっておくといい。でも、悪い思い出は捨てちまってもいいんだ。俺が忘れさせてやるから。もう、喋るんじゃねえ」


 エドガーの声に応えるように、シェヘラはうなだれる。


 よく分からないのだが、シェヘラザードが暴君の王様を殺して、その結果黒夢姫になり、多くの人を手にかけた、ということだろうか。


 もし、そうだとしたら、それは許されないことだと思った。でも、多分エドガーはそんなことは承知で、彼女を許そうとしているのだ。


 それは愚かでいけないことかもしれない。でも俺は、この場面で彼女を許すと言えるエドガーの強さと優しさに胸が熱くなった。


「アポロ。来て」


「はい!」


 これまで全然役に立ってなかったし、いきなり名前を呼ばれて驚きつつ、俺はシェヘラの前に立った。彼女の顔は、やはり最初に見た時よりも屍に近づいていた。それを思うと胸が痛んだが、顔にはださないようにして「どうしたんですか」と尋ねる。


「あなた、私の兄弟の末っ子にそっくり。見た目もそうだし、落ち着きなくて、好奇心旺盛な所も」


そう言った彼女は微かに笑ったようだった。え? それだけ?


そう思っていると彼女は言葉を続ける。


「あなたは千以上の物語を知っているのね。ちょっとだけ嫉妬しちゃう。誰かに利用されちゃ駄目よ。物語は万人の、世界の為に。勿論、アポロ自身の為に」


「え? どういうこと?」


 彼女は俺の質問には答えず、エドガーに向き合うと、骨しかない両手でエドガーの大きな手を握った。


「今度恋をするなら、貴方みたいな人にするわ。千年後、迷子にならないように祈っていて」


 エドガーは黙って、微笑み頷いた。それを合図にして、世界が、シェヘラの姿が薄くなっていく。エドガーが優しく彼女の名前を呼ぶが、返事はない。


 ゆっくりと、俺達は夢から覚めていく。もうここには財宝も、屍も、蛇も、真鍮の都もない。お城も羊人間の執事だっていない。俺達は砂漠の中にいた。


 急に俺とエドガーが出現して、周りが消え去ったから、皆は驚いている様子だった。

 でも、俺は気づいた。すべて消えたわけではないことを。


 エドガーの手には可愛らしい菫のリュートと共に、一枚の読めない文字で書かれた一ページが握られていた。それこそが無限のひとひらだと、俺は確信した。


「よく分からないけど、任務達成って感じ? ご苦労様」


 ジェーンがそう声をかけた。多分、ジェーンも分かるんだ。だって、不思議な魔力反応を放っているんだ、あの、一枚のページから。


 でも、エドガーは何だか浮かない顔だった。


「彼女は……シェヘラは未だ迷ってんのかな。もし、彼女の魂を鎮められたならば、この銀龍聖騎士ってのの力も、まあ、悪くねーかな」


 エドガーはそう口にして、自分の手をじっと見た。俺は何か言葉をかけてあげたかったが、安っぽい慰めしか思い浮かばなかった。だめだな。余計なお世話だって分かってるけどさ、助けになりたいんだ。


 そんな物思いにふける俺達の前に、なぜかフォルセティさんがやってきて一言「無限のひとひらをよこせ。お前の用は済んだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ