第三十章 I fall in love too easily
「シェヘラ! 探したんだぜ!」エドガーが明るくそう声をかけた。しかし、彼女は手元に闇のエネルギーを集めると、うめき声をあげる怨霊のようなエネルギー体を放つ。
「エドガー!」慌てて太陽の外套を発動したが、範囲を広くし過ぎたか、すぐに割られてしまう。
しかし、エドガーはその強力な怨霊を右手で制する。右手には光の盾。これが新能力の一つか。浄化させたか、光のバリアで相殺した感じ。というか、その姿はフォルセティさんに似ていた……
「随分な挨拶だな。俺らにはもう飽きちゃったのか?」
彼女の表情に変化はなく、口は堅く閉ざされたままだ。しかし第二波の攻撃がエドガーを襲う。おぞましい怨霊がエドガーに向けてうめき声を上げる。だが、それもエドガーは軽く浄化してみせた。言っちゃ悪いが、格が違うって感じだ。
「エドガー。彼女はもう話が通じないのかな?」俺は不安げに尋ねる。エドガーは少し黙り込んだまま、シェヘラを見ていた。
シェヘラは先程まであんなに元気で楽しそうだったのに。それとも、こちらが本来の彼女の姿なのだろうか?
「シェヘラ。もっとお話し聞かせて欲しいな。駄目かな?」
俺の問いかけにも、彼女は答えない。まるで、美しい屍かマネキンのように。
その時、エドガーがそこらに転がっている、財宝の一つを手に取った。それは菫の花が描かれた、少し小ぶりのリュートだった。
エドガーは臆することなく、物言わぬシェヘラの隣、柩の上に座る。それは危険じゃないか? そう思った時にはもう、エドガーは甘い声で、切ない調べを奏でていた。
I fall in love too easily /Chet Baker
I fall in love too easily 俺は恋に落ちるんだ、あまりにも簡単に
I fall in love too fast 恋に落ちるんだ、あまりにも早く、
I fall in love too terribly hard 恋に落ちるのは、あまりにもやばく激しく、
For love to ever last 恋が何時まで続くように……
My heart should be well-schooled 俺の心はもっと学ばなきゃいけないかもな、
'Cause I've been fooled in the past だって、昔は適当にされてたんだぜ、
And still I fall in love too easily でもやっぱ、俺は恋に落ちる、あまりにも簡単に、
I fall in love too fast 恋に落ちるんだ、あまりにも早く。
相変わらず歌詞の意味は分からないのに、リュートの優しい音色と、エドガーの甘い声に陶然となる。彼は呪歌や魔法が使えないはずなのに、こんなにも人の心を動かす歌を歌えるなんて。俺はこの状況を忘れて、思わず聞き入ってしまっていた。
「随分酷い歌詞の歌なのね。すぐに恋に落ちてしまうの? 悪い人。浮気な人」
そう、口にしたのはシェヘラだった。その声には多少先程までの調子があったが、その顔や姿は、恐ろしい姿のままだった。
「そうだ。俺は沢山愛を持っているんだ。だから、美女に会う度に、恋に落ちてしまう」
その時シェヘラは笑い声を上げた。それは悲鳴や嘆きに近いようなものだったかもしれない。彼女の周りに怨霊、悪霊の類が出現し、大口をあけ牙を剥き、エドガーへと突撃する。
しかし、エドガーに触れるとそれらは瞬時に光の粒になって消える。シェヘラは黒髪に闇の瘴気をからませ、両手で顔を覆う。
「私は屍。私は迷い子。私は物語を忘れてしまった。その私から何を求めるの? 何を奪うの? 無限のひとひらなんて、どこにあるか忘れてしまった。私を殺して、この呪いから解き放たれればいいの……そうすれば、お互い楽になる……全て……忘れる……」
錯乱状態なのか、本音なのか。そんなことを口にする彼女の手を、エドガーは取った。しかしその手には、皮膚や肉がなく骨だけだった。おぼろげながら、彼女の顔もどこか虚ろ気に見えた。
「デートするって言っただろ。してるじゃんか。そんな顔するなよ」
エドガーはそう口にすると、哀しそうに微笑んだ。