第二十九章 星々は夜に抱かれる
「エドガー!」思いがけない再開につい大きな声を上げてしまった。しかしエドガーは案外冷静そうな声で返す。
「シェヘラの語る物語だか魔法だかがおかしくなっちまったのか。でも、俺は彼女から殺意なんて感じなかった。完全にないとは言い切れない。だけど、彼女は俺達に『おはなし』をするのをとても楽しそうにしていた。後さ、よくわかんねーけど、俺らの存在でどうにかなるとか喋ってなかったか?」
「あ、そうだよね。聖なる存在がどうとか。でもさ、聖なる存在ってよく分からない定義だよね。だってエノク教会の人がいたし。俺は飛揚族で聖魔法を今使えないし。エドガーは腕の立つナンパ男だし」
「おい! 最後訂正しろや!! アポロの身体で、俺の新必殺技を試してもいいんだぜ」
そう言ってエドガーがヘッドロックを決める。く、くるしい!!
「わー! すみません勇者様! エドガー様は大陸一の勇者様です!!」
ふざけていると、急にエドガーは俺を投げ出す。遠い目をして「大陸一どころか、世界とっちまったかな……」と自己陶酔モード。相変わらずだなこの人は。
でも緊張感はとれた。エドガーの新必殺技とかパワーアップした力も頼もしい。とにかく進むしかないと、二人で何も起こらない洞窟を進んで行く。
エドガーはシェヘラの名前を呼んでみるが返事はない。あーここにジェーンがいたなら、生命体を発見する魔法のカンディが使えたのにな。でもないものは仕方がない。
ふと、怖い考えがよぎる。この洞窟があの終わりがない『砂の本』のように、続いているとしたら? アーティファクト反応は感じない。ポータルがありそうな気配はない。俺は立ち止った。
「エドガー……ここって、もしかしてループしていてる?」
エドガーも立ち止まり、少し考えてから口を開いた。だが、語り掛けているのは俺にではなかった。
「シェヘラ。聞こえてるんだろ。俺らは君に会いに来たんだ。もっと物語を聞かせてくれよ。そうじゃなきゃ、首をはねてやるぞ」
何を恐ろしいことを言うんだ! 万が一彼女が聞いていたら!
俺がぞっとしてエドガーに文句を言ってやろうとすると、地の底からわくような、威厳のある、恐ろしい調べが聞こえてきた。
『
来たれ、死よ、死よ、来たれ、
うるわしき杉のさなかに横たえよ。
消えよ、息、息よ、消え去れ、
うるわしき無情の人に殺されし。
水松をさした白かたびらを
ああ、われに着せたまえ。
かくのごと愛に死する者
世にあらじ。
花一つ、かぐわしき花一つ、
わが黒き柩にまくなかれ。
友一人、友一人とも
わが亡骸に泣くなかれ。
悲しみのくり言避けん、
そのために、人知れぬ墓に埋めよ。
恋人の涙は見まじ。
シェイクスピア 十二夜』
再び暗闇が訪れる。しかし俺は慌てずライトの魔法をかけなおす。すると。
目の前にはおびただしい数の、白骨化した死体、骸骨があった。荒れた地の上に転がる屍の山。古戦場にワープでもしたのか? いや、ここは先程の洞窟の中だった。
しかし、その骸骨に交じって光り輝く様々なお宝があった。
孔雀の扇子。火鼠の団扇。象牙の遠眼鏡。アメジストの猫。紺色の鞘に収まった禍々しい刀。紅玉のスリッパ。双子の水差し。玉虫色のフルート。百合の花を抱く白銀の天使像。砂色をした薔薇。水晶の邪神像。黄金羊のケープ。サファイアに覆われている鏡……
屍の上を、数えきれないほどの宝物が飾っていた。その時俺は、ここが真鍮の都なのだとようやく気が付いた。罠にかかって死んだ者たちが、この財宝のある洞窟に捨てられているということだろうか。何だか悪趣味だなあ。
その中でもとりわけ異質なのが、大きな黒い柩の上に座り、黒いドレス姿でこちらを見つめる黒髪の女性。