表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃墟の上に降り立つ太陽王<アポロ>  作者: 港 トキオ
第九巻 懐かしい人と千の夜を抱く黒夢姫
248/302

第二十八章 わたしなんてしらない

「シェヘラ、大丈夫か」とエドガーが声をかける。しかし彼女の視線は相変わらず俺達を見ていないようだった。エドガーは厳しい顔をして、俺に問う。


「アポロ、ヒールの呪文か何かアーティファクトとかで、彼女を回復できるか?」


「う、うん。やってみる」と俺は少し困惑しながら答える。俺の水魔法のレベルでは、回復できるとは思えないし、かと言って使えそうなのは、あ、千のチャイム? 可能性はある。


 そう思い、俺は彼女の近くに歩み寄ろうとした、その時、つま先に本が当たった。自動でページがめくり続けている本に。


 その瞬間。俺は別の場所にいた。


 だが、何かが先程とは違った。さっきは物語の中に入り込んで、登場人物の一人になっているようだった。でも今は、ワープしたような感覚。さっきはどこか夢の中のような感じだが、今の意識ははっきりしている。


 俺は周囲を見渡す。白い壁は金属製らしく、アカデミーの建造物と似ている。ここにあるのは、清潔そうなベッドや、仕切りやカーテン、硝子の棚には薬品や何かの器具が収められている。診療所、病院? 


 白い金属製の不思議な壁を除けば、ここは街の病院の一室のようだった。


 ということは、俺が患者なのか、医者なのか? 


 そんな思いが頭をよぎると、自分の目の前に一人の人間がいることに気が付いた。白衣を着たその人間は、妙な顔立ちをしていた。何と言ったらいいのだろう……失礼だが、見ていると不安になるのだ。男か女かも断定できない。マネキンのような人物。その人間と目が合うと、そいつは口を開き喋り出した。





『わたしは空なんです。身ぶり、反射、習慣などしかありません。わたしは自分を満たしたいんです。だからこそ、わたしは人びとを精神分析するんです。(中略)わたしは同化しません。人びとの思想、コンプレックス、ためらいを取ります、ですがわたしにはなんにも残りません。同化しない、というか同化しすぎる……それらは同じことです。もちろんわたしは言葉、容器、レッテルは取っておきます。わたしは情熱や感動を整理するための用語は知っていますよ、でも、自分でそれを感じることはないんです

 

ボリス・ヴィアン 心臓抜き』



意味が分からない。だから俺は思わず「え、何を言っているの?」と言ってしまった。しかし相手は黙ったまま。


 ここで俺はあることに気が付いた。今までならこういう質問なんてできずに、次の物語へ次の物語へと飛ばされていたことを。流されるだけじゃ駄目なんだ。自分から介入しないと切り開けない。


「ねえ、君は誰なの?」


 俺がそう言うと、マネキンのような顔立ちが変化していく。赤茶色の髪に、茶色の瞳。大きな瞳は、快活そうで、好奇心旺盛そうな印象を受ける。それは、俺の姿だった。


 これは、何だ? 俺が治療対象ってことか?


 まさか! 俺はその考えを振り払う。ここまできていきなり治療だなんて、話がおかしい。俺がそう考えていると、またその顔が変わった。


 銀水晶の髪、エメラルドグリーンの瞳。少し優男っぽい甘いマスク。


 俺の全身が震えた。声が出なかった。でも、その顔は、ゼロだった。俺がずっと、元の姿に戻してあげたいと願っていた、ゼロだった。


 興奮状態で、でも何も言葉にできずに、その宝石の瞳を見つめる。彼は俺と同じく黙ったまま、動こうとしない。


 ここで、ふと、少し冷静になった。俺は胸元にしてあるペンダントを確かめる。ブラッドスターの横には、エメラルドグリーンの鍵があった。


 目の前にいるのは、ゼロではない。俺でもない。それに、俺に治療の必要はない。だとしたら。


 俺は一歩踏み出し、目の前の人間の手を優しく握った。


「シェヘラ、どうかしたの? 何かあるなら助けになるよ。俺に教えて」


 目の前の人間が、景色が溶ける。白い診療所は数秒で消え失せ、真夜中のような暗黒の世界が現れた。俺はすぐにライトの魔法を使って辺りを照らす。よし、魔法は有効のようだ。


 ここは、洞窟なのか? 随分天井が高い、洞窟らしき場所に俺はいた。魔力反応はないし、敵の気配も感じないのだが……その代わり、本当にただの洞窟なのか、ライトで照らしても周囲には岩肌だけ。でも、とりあえず進んでみるしかないよな……


「お、お前もここにいるのかよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ