第二十一章 シェヘラザードと真鍮の都
全く想像していなかった。なんで、俺? というか、デートって三人でするものなの? 分からん!
すると、エドガーが甘い声で「俺だけじゃ不満なのか?」と囁く
黒夢姫は妖艶な微笑を浮かべ「不満はないわ。ただ、私、少しだけ欲張りなの」
ドン、っと俺の背をジェーンが小突く。
彼女は小声で「早く行きなさい。あの冷血女の気が変わる前に。どこかにワープしたとして、そこにポータルがあるなら、あんたがいなきゃ困るでしょ」
……ジェーンの言う通りだ……でも、俺は何だかよく分からないまま、黒夢姫の前へと、歩み寄る。その時、今更気づいた。
「あの! さっき、俺のこと飛揚族って言いましたよね! どうしてそれに気付いたんですか? もしかして、他の飛揚族のことをご存知なんですか?」
「あら、本当に飛揚族なの。珍しいお客様ね。昔、貴方によく似た飛揚族の青年に会ったわ。でも、何時かしら。まあ、そんなことはどうでもいいわ。行きましょう」
え、勘なの? でも、どうでもよくない! けど、ここでごちゃごちゃ質問をするのは良くないって、隣の色男が目線で俺に伝えている……もし、質問をするにしても、彼女の機嫌がいい時だ。今から俺とエドガーは黒夢姫をもてなすんだ。いい気分にして、無限のひとひらを貰うんだ。
って、俺は何をすればいいのか見当もつかないけど!
隣の色男をちらりと見ると、俺に任せておけと言わんばかりの堂々とした風格。彼はふりかえると、
「じゃあ、申し訳ないが、俺とアポロは夢の世界に旅立たせてもらうぜ」
黒夢姫は微笑を浮かべ、
「ふふ。そうね。夢の世界かも知れないわね。それじゃあ悪いけれど、貴方達の大切な仲間は、少しだけ私の物ね」
「少しではなく、一生貴女の物で良い。万が一無礼をはたらいたなら、ここにいる修羅がそいつらの首を跳ねる。安心して何処へでも旅立ってくれ」
フォ、フォルセティさん……幾らなんでもその台詞は酷すぎやしませんか? 俺が蓮さんに首を跳ねられるという恐ろしい想像をしてしまっていると、エドガーは小さなため息をつき、
「俺が貴方を傷つけることなんて、世界が滅びてもありえないことです。いざ、共に楽しい時間をすごしましょう」
「あらあら。私を相手に、ここまで口が回るのはご立派ね。親の顔が見てみたいわ」
黒夢姫はそう言うと、猫のような妖しい笑み。あの、さっき首を跳ねるとかいったのが、口が回る彼の親なんですけれど……
なんか、まともに考えるのに疲れてきたぞ。俺はつい不安から、またエドガーを見てしまう。エドガーは真顔で軽く頷く。それを目にすると、俺も不思議とできそうな気がしてくる。分からないけど、やるだけのことはしよう。いつもと同じだ。
「じゃあ、私の手に触れて」
黒夢姫はそう言うと、白く長い指を、俺とエドガーへと示した。新雪のような、触れるのにためらってしまいそうな純白。でも、覚悟を決めてそっと、その手に触れる。
温度が、体温が……ない? あれ? やっぱりある? 熱を感知できないって今までなかったぞ?
俺がそんな風に混乱している間に、景色は変わっていた。
うわ! あっつい! この暑さは、砂漠の街ジャザムよりもさらに酷い! 存在しない帝國を求めて、水のバリアを張って歩いたカラグア大陸に近いものがある。
そのあまりの暑さにやられそうになってしまうが、目の前に広がる光景は、さらに俺を驚かせる物だった。
砂漠の中に立つ、岩でできた壁に守られているのは、まばゆい光を反射する……黄金の都市だった。だがその街はと言うと、俺達の故郷のメサイア大陸と似たような雰囲気。そこそこ賑わってそうな、平凡な街並み。だからこそ、普通の街が一瞬にして金に変えられたような奇妙さがあった。
ただ、その建物は降り注ぐ太陽を反射して、きらきらと光っているのだ……幻なんかではないのだ……
「黒夢姫。これは、どういう……」と質問をしたエドガーの声を、彼女は遮る。
「シェヘラザード。私の本当の名前よ。もうその名前で呼ぶのは止めて」
「分かった、シェヘラ。ところで、この暑い気候と、金ぴかの街はどういうことなんだ? デートには少し不向きな気がするぜ」
「ああ、そうね。貴方達には熱いかしら?」
黒夢姫……シェヘラはそう言うと、水のベールのような物で俺達を包んでくれる。すると、周囲が心地良い温度になる。これで動いても平気そうだ。
シェヘラはそんな俺達を見て少しだけ笑みを浮かべると、街の方を指さす。
「あれは金じゃないの。真鍮よ。ほとんど全てが真鍮で出来ている、真鍮の都。住んでいるのは真鍮人間という出来の悪い機械人間。そこにあるのは、沢山の財宝と、沢山の罠と、沢山の屍。デートには最適でしょ」