第十九章 千の夜を抱く黒夢姫
ふと、エドガーとフォルセティさんの視線が重なった。しかし、お互い相手の出方を伺うように、何も喋らない。辺りに緊張感が漂う。
「エドガー。今はフォルセティ殿と共に、朱金の天人を討つ為に、黒夢姫の城に来ている。黒夢姫を殺すか、上手く交渉すれば、朱金の天人の力を無効化できるらしい。言いたいことは山ほどあるだろうが、ここは収めてくれないか?」
蓮さんがそう口にすると、エドガーは仏頂面で黙り込んだ後で、小さく「分かった。今だけだぞ」と返事をした。
「感謝する」と蓮さん。
ふう。さすがにエドガーとフォルセティさんの親子とはいえ、敵の親玉のいる扉の前でドンパチすることはなさそうだ。蓮さんのおかげだ。
しかし、何故かグレイとギルディスがエドガーに近づくと、二人は同時に跪く。
「フォルセティ様の御子息、エドガー様。初めてお目にかかります。私はエノク教会の聖騎士、ギルディス。こちらはグレイ。三年前から共に、フォルセティ様にお仕えしております。以後、お見知りおきのほどを」
二人の聖騎士は立ち上がると、軽く会釈をして、フォルセティさんの近くへと戻る。エドガーは口を半開きにしたまま、何も言えないまま。え? どうすりゃいいの? ってエドガーの顔に書いてある。ちょっと面白いぞ。
「あのお、そろそろ扉を開いてもよろしいでしょうか……」
遠慮がちな執事の声。すっかり忘れてた! 三つの頭の内の一つは瞳を閉じて寝入っているよ!
「構わん。開けろ」フォルセティさんの落ち着き払った声。
「では、お入りください」
執事が扉をノックすると、大きな扉が消え去る。代わりに中へと誘う、瑠璃色のじゅうたんが俺達を招いている。
「私はここで皆様のお帰りをお待ちしております。では、中にお入りください」
とか言って、この執事、寝てそうだな……なんて思っていると、先陣を切ったのはエドガーだった。鎧ではなく、貴族の黒い服をまとったエドガーというのが少し見慣れないのだが、フォルセティさんと同等の力を得たと解釈していいのか?
聞きたいけど、聞けないなー。でもどうせエドガーのことだから、自分から自慢げに語ってくれるだろう。俺達も、怯むことなく中へと入る。
瑠璃色の長いじゅうたんの上を進む。広々とした謁見室の壁には、紺色の松明が規則正しく配置されている。一番奥には、シンプルな、水晶で出来たらしき玉座に座る女性。周りに警備兵らしきものはいないようだ。
俺達は女性の顔が見える位置まで来て、自然と止まった。
真っ黒な髪は腰まで届き、その瞳も深い黒。肌は砂漠の城にいるのに、透き通るような白。青に黒が溶けこんだような、夜色のロングドレスを着て、恐ろしく整った顔は人形のように無表情。女王の貫録と妖しげな美しさに、軽く身震いする。
俺達みたいな屈強な男達が着ているというのに、その顔に変化はない。そう思ったが、口火を切ったのは彼女だった。
「あら、こんなにも素敵な殿方が沢山。歓迎するわ」彼女はそう言うと、微笑を浮かべる
え? なんかイメージとちょっと違うぞ。もっと、怖い人かと思っていた……いや、いつ何されるか分からないんだ。いつでも太陽の外套を使える準備はしておかなくっちゃ。
「目的は知っているはずだ。無限のひとひらを寄越せ」
フォルセティさんがそう口に出した。無限のひとひらってなんだ? それが、朱金の天人を倒すキーアイテムなのか?
フォルセティさんの言葉を受けても、黒夢姫は余裕たっぷりに返す。
「私、退屈しているの。あなた方と少しお話したいわ。ねえ、いいでしょ」
「悪いが事態は一刻を争っている。悠長なことはしたくない。世界が破滅へと向かうなら、貴女の身にも災厄がおとずれるのではないのか?」
少し苛立った感じでグレイが口にする。しかし、やはり黒夢姫は平然と返す。
「世界の終わりって、何のことかしら。あのことを言っているのなら、私の城は変わらない。このコベック大陸が二つに割れようが、不毛の地になろうが、私にとって何も困らない」
コベック大陸に何が起きても城は平気ってどういうことだ? この城は、別の空間にあるってこと?
「話しても分からないなら、力ずくでということか」
フォルセティさんの言葉で、刺すような緊張感が走る。やはり避けられないのか。でもこっちはこれだけの人数がいるんだ。いくら黒夢姫とはいっても不利じゃないか。
周りの空気が殺気立っているのが分かる。誰が最初に動くのか。聖騎士コンビとフォルセティさんの連携か。はたまた、蓮さんが修羅となり、一太刀浴びせるのか?
と、エドガーが数歩前に歩み出た。試練を乗り越えた男の、新しい力が見られるのか!?
エドガーは黒夢姫に向かって軽くお辞儀をする。そして、甘い声で言う。
「いきなり押しかけて、このような蛮行。この者達の無礼をどうかお許しください。しかし、夜の帳をまとい、深海のように神秘的で、この世の物とは思えない美をたたえた女性を目にすると、誰もが我が物にしたくなるのも当然ではないでしょうか」
エドガー!! 今から殺し合いが始まるかもって時に、口説いてるよ!!! そりゃ、彼女は美人だけど!! 油断してたらどうにかなっちゃうぞ! もう、うちのリーダーは!
小さな笑い声がした。発しているのは黒夢姫だった。どういうこと……? 俺は静かにことの成り行きを見守るしかなかった。
「この場で口説かれたのって、いつぶりかしら。あまりにも昔過ぎて覚えてない。いいわ。それじゃあ、貴方たちの中から誰か、私とデートしましょう。満足させてくれたら、無限のひとひら、あげちゃう」