第十八章 勇者様の御帰還
途中の壁面には絵画が多く見られる。歩きながらちらと見るだけだけど、とても高価で質の良い油画らしい。描かれているのは、美しい女神のような女性か神話の場面らしきものが多い。あー時間があればゆっくり見てみたいな。
「もうすぐ到着いたします。この先の大きな扉の先が謁見室となっております」
執事が俺達にそう声をかける。いよいよこの城の主と会うことになるのか。気を引き締めていかないと……
と、何か変な感じがした。この城の中は涼しいけれど、何か、熱い?
俺はすぐにそれの正体に気付いた。ポケットの奥から、用心深く小さな黒い球を取り出す。あれ? 心なしか、少し大きくなってる? それに、確かにこの卵から熱が発せられている。あったかいお湯位の温度で気持ちいい……
って! これって、もしかして!!
「皆さん! すみません! ちょっと待ってくれませんか?」
俺が大きな声を出すと、足音が止まる。もうすぐ黒夢姫に会えるというタイミングなのだ。皆の視線が痛い……
「ちょっと! アポロ、どういうこと? トイレ行きたいなんて行ったら承知しないわよ」
とジェーンが少し苛立った口調で口にする。
「違うよ、もしかしたら……」
俺は、言葉に詰まった。もしかしたら、エドガーがこの卵から出てきてしまう。それは普段なら喜ばしいことだけれど、フォルセティさんがいるこの状況でそれが起きたら……面倒なことにならないか?
俺のアーティファクト使いの力で、一時的にそれを抑えることは……ああ、そういえば封印したアカデミーのマガタ教授は、割り方は教えてくれたけれど、遅延する方法なんて教えてくれなかったぞ。あーどうしよう!
「アポロ。すまないが、急用ではないのなら、進みたいのだが」
蓮さんがそう口にする。あーどうしよう。ここは先に説明した方がまだいいかもしれない。俺は手のひらに乗った黒い卵を皆に差し出すように見せ、
「実はですね。この黒い卵はアーティファクトでして……」
そのアーティファクトにひびが入り、音を立てて粉々になったかと思うと、差し出した俺の手のひらから巨大な虹の柱が出現する。とても美しい、七色の光。わけが分からず、俺は呆然としていた……
その光が次第に力を弱め、消えていく。代わりにそこに現れたのは、一人の体格の良い男。その服は黒地に金で龍や天使の刺繡が施されており……あれ? これってフォルセティさんとよく似ている……?
俺達の前に姿を現した、黒髪オールバックの大男。彫りの深い顔で、少しだけたれ目。懐かしい、黒い瞳。彼はドヤ顔で、一番近くにいた俺に近づくと、
「よう。くたばってねーってことはまあ、合格点をあげてもいいか。俺の弟子としてよく頑張った」と言って、軽く肩を叩いた
その時、俺は自分でも驚いたのだが、物凄く感極まってしまっていた。俺が冒険者になってからずっと一緒だった、自称勇者様。様々な試練を共に潜り抜けてきた、仲間、というよりも、俺の兄貴分みたいな存在。なんだかんだ言って、いっつも頼りになる、やんちゃな自称勇者様。
俺は、涙が出そうになるのをぐっとこらえる。
「エドガー! 俺達元気だったよ! こんなに早く試練を終えるなんてさすがだよ。驚いたよ。おめでとう。ありがとう、エドガー……」
自分でも、妙なことを口走っていたと思う。でも、なんて言ったらいいか、分からなかったんだ。何だか、変だ俺。よくわかんないのに、感動しちゃってる。
エドガーは「何だよ、感激してるのアポロだけかよ。美人のねーちゃんはいねーの?」と悪態をつく。でも、心なしか、少しだけ嬉しそうに見える。
「美人のお姉ちゃんなら、ここにいるわよ」
冷え冷えとした、ジェーンの声。
「おまけに、今から私たちを殺すかもしれないねーちゃんにも会えるわよ」
ジェーンの言葉で、一気に現実に引き戻される。エドガーは急に周囲をきょろきょろと見回しているが、言葉が出てこない様子だ。そりゃそうだ。混乱して当然だ。