第十六章 奇妙な城の案内人
聖騎士がライトの呪文を使い、辺りを照らす。一応俺も使う。城の中は、床も壁も少し曇った黒水晶のようだった。所々透き通っていたり、ぼやけていたり。不思議な魅力がある。
城の中は、少しひんやりとしている。いや、外に比べて適温に保たれていると言うべきだろうか。
また、そこには一切の装飾が無かった。城と言ったら絵画とか甲冑とか壺やら壁の飾りやらチェストやら、何かあってもいいんじゃないのか? でも、いくら進んでも、景色は変わらない。扉すら見当たらない。
直進する一本道はあって、進んではいるのだが、妙な感じだ。まるで迷路の中を歩いているような……まさかな。俺は一応それをみんなに聞いてみた。すると、ギルディスが答えてくれる。
「そうですね。不思議な城ですが、不思議なことに罠や魔物らしき、悪しきものを感じません。グレイ、お前はどうだ?」
「そうだな。俺も魔物や闇の物の気配を感じない。もしかしたら黒夢姫は俺達の力を見て、雑魚で足止めするのを止めたのかもな。やるとしたら自らの手で仕留めるんだろう」
案外グレイの意見は当たっているような気がするけれど、どうだろう。雨が浄化され、黒夢姫の力が弱まったから城の警備が手薄になった。っていうのは都合がいいかな?
しかし代り映えが無い景色、しかも黒水晶の模造品のような床や壁を見ていると、自分が歩いているのかどうかもあやしくなるな……平衡感覚がだめになる気がする……って、おっと。俺は少しよろけて、ジェーンにぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「あ、ごめんじゃないわよ! どさくさにまぎれて胸を触るなんて、アポロもセコイ手を使うわねー。誰にならったのかなー上がったのは冒険者レベルだけではないってことかー」
「は? 何を言ってんの? 俺はこの黒い城でよろけただけ! 誰がジェーンの胸なんて好き好んで触るかよ!」
「何よその言い方! はっはーん。そうだった。アポロ君はまだおこちゃまだからね。大人の魅力とか、女の人の身体には興味がないんだった。ごめんごめん忘れてた」
「何だよ! 俺はもう一人前の冒険者だ! 子ども扱いするな! 冒険者レベルだって17だし、身長だって170センチメートルあるし、それに……えーと……」
俺が必死で頭をひねって考えていると、ギルディスが振り返る。物凄く呆れた顔をして。
「二人共。ここは敵の本拠地なんだから、もっと緊張感を持つべきじゃないかな」
「申し訳ありません。私の監督不行き届きでした」とジェーンが頭を下げる。監督不行き届きって何だよ! 俺はジェーンの部下か!
でもこれ以上間抜けな姿をさらすわけにはいけない。よろけてぶつかってもいけない。俺はジェーンから少し離れ、先頭の方へと向かおうとすると、妙な物が目に映った。
それは、燕尾服を着た人だった。身長は蓮さんより少し低いが、すらりとしていて、黒の燕尾服と白のシャツがとても似合っている。この城にいる給仕か執事か何かか? でも、その執事の顔は、三つあった。その三つの顔は、羊? の頭をしていた。三つの頭を持つ、羊人間。
彼は恭しくお辞儀をすると、俺達に向けて喋り出す。
「ようこそお越しいただきました。人間や人ではない皆様方がお越しいただくのは随分久しいことで、わたくしもすっかり寝入ってしまい、案内が遅れたことを、深くお詫びいたします」
「え? どういうこと? 黒夢姫のいるところまで、案内してくれるの?」と、俺が思わず口に出してしまった。
もしかして、いきなりはまずかった? でも、羊人間は、嫌な顔せずに答えてくれる。
「はい。姫様は常に退屈なさっていますので、皆様を歓迎されることでしょう」
「歓迎とは豪気なことだ。私達の目的を知っているんだろ」
フォルセティさんが鋭い言葉を飛ばす。しかし執事は三つの顔色を変えることなく答える。
「はい。ここにいらっしゃるお客人は、姫様の命か秘宝を求めて訪れます。しかし、姫様はこの城に辿り着くことができた戦士たちを常に歓迎しております。私が姫様のいる謁見室までご案内いたしますので、どうぞご安心ください」
ちょっと、おかしくないか? 何で自分の命や宝を狙う人物を歓迎するんだ? 油断させておいて、まとめてやっつけるとか?
「何で黒夢姫俺達を歓迎するんですか? 自分の命が狙われているんですよ」
俺はたまらずにそう質問してしまう。羊人間はやはり顔色一つ変えずに返してくれる。
「退屈されているからでしょうか。申し訳ございませんが、私はお客人が迷わぬように案内するのが主な業務です。直接姫様にお伺いしてみるのはいかがでしょうか」