第十五章 いざ暗黒の城へ!
「グレイ」と、穏やかな声でフォルセティさんが告げる。
グレイは「はい!」と素早く返事をし、一歩退いた。でも、その顔には、かすかに不満の色が残っているように見えた。
「相変わらずだな。今回は私の命に従ってのことだ、不問に付す。しかしだ。その無残な姿はいただけないな。これから黒夢姫に謁見するというのに」
あなた、その姫を殺すとか言ってましたよね……なんて思いがよぎるが、俺は商人の寝床から蓮さんの和服を取り出すと、渡す。
蓮さんは「ありがとう」とそれを受け取り、素早く着替える。
そんな様子を、ギルディスが不思議そうに眺めていることに気が付いた。
「今、アポロ君は何もない空間から洋服を出した。すごいな。並みの魔術師はそういう魔法を使えないはずだ。蓮もそうだ。あの変身術は恐るべき力を感じるが、どういう仕組みなんだ?」
蓮さんにその質問をするか? アレを見た後で、俺なら怖くて聞けないぞ! 俺は慌てて自分の話をする。
「これは商人の寝床というアーティファクトなんです。一定空間を物置として利用して、持ち運びできるみたいな感じで、便利なんですよ。生き物は入れられないとか、制限もありますけれど」
「へー。それは便利そうだな。僕も欲しいけれど、きっと使いこなせるのはアポロのような者なんだろうな。ところで蓮。君が放っていた光の粒はなんだ? ゾンビを破裂させる爆弾か? あのゾンビは特殊なようで、神聖な物でしか倒すのは難しいとはずだが」
「あれは施餓鬼米だ。餓鬼に施す米。食べてみるか? 乾燥させているから少し硬いが、口の中でふやかすと食べられる。非常食にもなる」
蓮さんはそう言うと、小さな筒からライスの粒を出して、手のひらの上に少し広げてみた。好奇心旺盛なさすがのギルディスでも、じっとそれを見て「僕は、遠慮するよ」と苦笑い。
そんなやりとりをしていると、ジェーンが立ち上がる。彼女は小さく肩と首を動かす。
「もう大丈夫です。行きましょう」
そうは言っても、俺にはジェーンはまだ休息が必要な気がした。でも、この地に長くいるのも得策ではないだろう。戦闘に長けた者たちが揃っているんだ。後は少し休んでもらいたい。
「分かった。行くぞ」
フォルセティさんがそう言うと、ギルディスとグレイは素早く先頭に立ち、規則正しく行進する。その後をフォルセティさん。最後に、俺と蓮さんとジェーンが続く。
城までは歩いて十分程度だろうか。この地はジェーンとフォルセティさんの力で浄化されたから、しばらくは魔物が出ないと思う。しかし、目の前にある城は妖しげな黒い薄靄をまとっているかのようで、油断ならない。
もしかしたら、先程の戦い以上の厳しい事態になるかもしれない。というか、親玉があの中にいるんだ。次こそ、俺もみんなの役に立たなければ。
「アポロ、さっきはありがと」
聞き間違いかと思った。それはジェーンが俺にかけてくれた言葉だった。
「へ? 俺、何かした?」
「私の前で守ってくれたじゃない」
「あれは……俺、みんなみたく戦いに参加したり、浄化とかできなかったから、それで……」
俺がそんな風に言いよどんでいると、ジェーンは少しきつい声で言った。
「できる人ができることをやる。それでいいのよ。ほーらぐちぐち悩んでる暇なんてないわよー。あの陰気な城には、なんとか姫とか言う悪の親玉が待ってるんだから。粛清よろしくね」
ちょっと悔しいけど、ジェーンの言うとおりだ。気持ちを切り替えていかなくっちゃ。俺がそう思い直していると、蓮さんがぼそりと言った。
「話し合いで解決できるなら、それが一番だろうけれどな」
その言葉は、先程の姿を見た俺としては、少し意外に感じられた。普段の優しい、気遣いのできる蓮さんと、修羅として、碌典閤を受け継ぐものとしての蓮さん。その大きな差が未だに慣れない。
俺は蓮さんの一部分しか知らない。でも、それは他の仲間のことだってそうだ。ただ、俺の知らない、蓮さんの恐るべき戦いの記録があるってことなんだと思う。凄まじい死闘をくぐりぬけ、屍の上に立つ者。俺が蓮さんの心情を理解するのは、まだ早いのかもしれない。
幸いにもこれ以上魔物は出現しなくって、俺達はすんなり問題の城へと到着する。
城の造形は、案外普通の城のように見えた。城に詳しいわけではないけど、そんなに大きくない、古城って感じだ。ただ、その城の壁面は全て奇妙な黒い色していた。黒曜石や大理石とか黒真珠とも違う、暗黒魔法に似た不気味な雰囲気を感じる。
「ジェーン、魔力反応はあるかな?」
「うーん。この城自体からは感じられないのよね。でも、ちょっと怪しいわね」
「僕とグレイがバリアを張って、扉を開けようと思います。皆様は少しお下がりください」
そう、ギルディスが口にすると、城の扉が音もなく開いた。これは……俺達が何をしているか、何が目的か、相手は知っているってことだよな。それでいて招き入れようとするなんて、罠の匂いがする……
「丁度良い。行くぞ」
フォルセティさんはさらりとそう言って、長い足で歩を進める。小走りで彼を守るように、二人の聖騎士は先頭に立つ。そうだ。罠だろうと何だろうと、ここまできて引き返せるわけがない。
ギルディスとグレイは何やら詠唱すると、パーティ全員に光のベールがかかる。俺達は開かれた扉をくぐり、城の中へと脚を踏み入れた。