第十四章 修羅の祝詞 聖騎士の祝福
ゾンビが修羅の声を聞いているのか、理解しているのかは分からない。しかし、ゆったりと、ゾンビの群れは蓮さんに向かっているらしい。しかも、黒い雨は止むことが無く、蓮さんが消した場所からも、ゾンビが出現している。
「まずいな……しかし……あいつ、すさまじいな」
ぼそりと、グレイが呟いた。そりゃそうだよな。俺も最初に見た時はわけが分からなかった。でも、俺も見ているばかりではなく、自分にできることをしなければ。
俺は詠唱を続けるジェーンの前に立ち、太陽の外套を展開して盾を作る。
ギルディスとグレイの作ったバリアのおかげで、ゾンビは俺達に近寄れないようだが、それだっていつまで持つかは分からない。大したことはできないけれど、無防備なジェーンの盾になること位ならできる。
俺は蓮さんの方を見る。雨で生み出されたり、再生したりしたゾンビの群れは、蓮さんを狙っている。囮役とはいえ、自分の肉を喰えだなんて。蓮さんなら大丈夫だという気持ちと、それでも危険すぎるという気持ちの間で揺れ動く。
ゾンビが数体、蓮さんに飛び掛かる。
かと思った時には、もう、ゾンビは細切れになって、地面に転がる。
しかし、きりがない。奴らは普通のゾンビよりもずっと再生能力が強いようだ。この雨もやむ気配はないし……
蓮さん! 俺は祈るような気持ちで動向を見守っていると、
「フォルセティ。こいつらでは役不足だ。手合わせしないか?」
は? 多分、俺だけではない。ここにいる全員が耳を疑ったと思う。でも、誰も何も言えない。蓮、さん? 冗談にしては、きつすぎるんですが……
俺の思考が止まった時、再び黒い群れがえぐれた。蓮さんの周囲のゾンビたちは地面ごと塵になり、影も形も消え失せる。ひらひらと舞う刀、そして宝石のような瞳と、屈託のない笑み。
「フォルセティ。月が喰いたいな。それか、お前の肉も上等だろうな。どちらがいいと思う?」
俺の全身に寒気が走った。ジパングでの出来事が脳裏に蘇る。修羅が、月を喰い、敵であるはずの四式朱華が光を与えてくれたことを……
ふと、身体に熱を感じた。あの時のことを思い出したから? いや、違う。それは明らかに何かの力によるもので、不安や嫌な感じが軽くなる気がして……俺は自然と光の方、フォルセティさんを見ていた。
彼は胸に当てていた右手を天に向けて差し出すと、十字を切り、唱える。
「望まれぬ者にも 等しく安息の日はおとずれる
神の愛は等しく 万物を抱き慰撫する
汝は塵なれば塵に返るべし
恐れることなかれ 汝もまた天の子である」
フォルセティさんの言葉で、全てのゾンビが消滅していく。蓮さんが使った手段とは対照的に、無数の黒い屍人が靄になり、その色を薄くしながら天に昇っていくようだった。
場違いではあるが、清々しささえ感じてしまった。あまたの汚れた者たちが浄化され、天に還る様を目にすると、心に熱い物を感じるのだ。
流石、エドガーのお父さんだなあ……やっぱりすごい人だなあ……
俺がぼんやりそんな感想に耽っていたが、あることに気が付いた。景色は明るくなって、ゾンビは消えたけれど、黒い雨は止んでない?
でも、何かが出現する気配は無いのだが……
「ジェーン。これ以上魔力を放出できるか?」そう、少し優し気にフォルセティさんが声をかけた。ジェーンは、やや苦し気に返す。
「はい……みんな、バリアも解いて、私から離れて!」
俺達が素早くそれに従うと、ジェーンは両手を天に向け、大きな声で叫ぶ「ミズチ! お願い!!!」
ジェーンの手から、水が噴射される。それはとめどなく流れ続ける。噴射された大量の水は、大蛇か龍の姿になり、薄暗い天空を長い身体で泳ぎ、すさまじい咆哮を上げた。
その叫びで、大地が、天が震える。
その水龍は天上で霧散すると、雨となり大地に降り注ぐ。でも、これは嫌なあの黒い雨なんかじゃない。恵みの雨、俺達が良く知っている雨だ。
ジェーンはその場にへたりこむ。息を整えながら、ポケットから取り出したポーションの小瓶を少しずつ口にする。
「……フォルセティ様がこの地を浄化して下さったから、私も水の力を優位にして、死の雨を相殺できた、みたいです……ふぅ……ちょっと、ごめんなさい。一分待って。すぐ立てますから」
「構わない。五分まで待とう」とフォルセティさん。これは気遣い……だよな?
ジェーンに駆け寄り、ギルディスがその背に、ヒール系の魔法をかけているらしい。この人はほんと紳士って感じだなあ。
そこに、また和服をボロ布にして戻ってくる蓮さん……
「ジェーンありがとう。あのきれいな水で、刀の汚れを払うことができた」
ジェーンはなんともいえない半笑いのような表情を浮かべ「いえいえ、お気になさらず」と答えた。
そこにグレイがやってきて、怒気を含んだ声で言う。
「おい、蓮! どんな事情があったにせよ、フォルセティ様へのあの暴言。どういうことだ!」