第十章 ギフテッド
ホテルの入り口でしばし待ち、蓮さんと合流。スクルドの様子が気になったので尋ねてみると、どうやら心配はなさそう、らしい。
「ジェーンも言っていたが、いきなり大きな旅があったんだ。ここで休養をとるのは良い選択だと思う」と蓮さん。
そうだよな。ただ、未だに正体不明というか、何をしでかすかわからないハレルヤと二人きりにするのが、少しだけ気になったんだけど……考えすぎかな?
「あっそっか。アポロはあの金髪の少女が好きなんでしょ? すぐ戻るから、安心しなさいよ」
「違う! 仲間として心配なんだ!」と俺は口にしながら、ジェーンがからかっていること位理解している。くそーこの旅の中で何かで一矢報いてやるぞ!
そんなアホなことを考えつつも、俺達は南門へと向かう。入り口には馬車が二つ用意されていて、三人の聖職者の姿もあった。
俺達の姿を認めると、フォルセティさんは「ジェーン、こちらに乗れ」と言って、どちらかといえば作りのしっかりしている、やや小ぶりで不思議な装飾のされた馬車に乗り込む。ジェーンは素早くその後を追う。
「では、我々はこちらの馬車で行きましょう」とギルディスが声をかけた。
俺達が乗る馬車は、何の変哲もない、見慣れた馬車。砂漠の土地だけど、車を引くのは馬だし、御者はローブ姿ではなく、冒険者が着る動きやすくて軽量な衣服を身に着けている。
その馬車に俺達四人は乗り込んだ。そういえば「普通」の馬車に乗るのはかなり久しぶりだなあ。俺は蓮さんの隣に座ると、自然と正面にはギルディス、その横にはグレイという形になる。
馬車は静かに動き出す。砂漠だからか? 砂漠なのに? よく分からないが、とても静かな乗り心地で、舗装された道を通っているかのようだ。
こんな時に蓮さんは大抵目を閉じて身体を休めているし、俺が少し苦手なグレイも同じ態度をとっている。もっとも彼の場合、俺達と話したくないからって気がしないでもないけど。
でも、俺はせっかくエノク教会の人と同席しているのだから、色々聞いてみたくなってしまった。目的地に到着するまで、2,3時間はあるらしいし。
「あの、お二人はどうしてエノク教会に入会? されたんですか?」
そう尋ねると、目の前の二人は少し驚いたような目で俺のことを見た。あれ? なんか変なこと聞いたか?
グレイは呆れたような、少し不機嫌そうな表情をしたが、ギルディスは軽い笑みを浮かべて答えてくれた。
「僕とグレイはギフテッドなんだ。だから、エノク教会で神に仕えるのも当然のことだよ」
「すみません、ギフテッドって何ですか?」
「ギフトを貰った者。生まれつき、神様からの贈り物を貰って生まれた子供達のことを言うんだ」
「へーすごいですね! 贈り物って……お金……なわけないし、魔法とか武道の才能とかですか?」
「そうだね。それもあるけれど、一番は神様に仕える者としての適性かな。それに加えて、人によって色々と違いはあるけれど、普通は何年もかけて習得するような特技や技能を持って生まれるんだ。それは神様からの贈り物だから、ギフテッドと呼ばれた存在は、何かの神様に仕えることが運命づけられているんだ」
「俺らは生まれた瞬間から言葉が喋れるんだ。だから親はすぐに子供がギフテッドだと分かる。早熟だから学校も飛び級で、年上に混じって授業を受けてたな」
グレイがそう付け加えた。二人共、ものすごいエリートってことだよな……やっぱりフォルセティさんと同行する位だから違うなあ。
その時、ふと、俺はアカデミーでの講義を思い出した。言葉の成り立ち、ギフトとバベルについて。たしか講義で言われていたことは………
「ええと、では続けます。次は……言語の成り立ちですね。これには諸説あります。先ず、神学に携わる者や聖職者、シャーマン、邪教徒……とにかく神への厚い信仰を持つ者たちはそれを『ギフト』と呼んでいます。人は神からの贈り物であり、言葉もまた、神々からの贈り物だという考えですね」
「それに対して、特定の宗教に帰依していない、一般の人々は『バベル』と呼びます。人間の英知が拙いながらも言葉を作り出し、コモン、共通語を生み出し共有したという考えです」
「あの、お二人は、共通語、コモンをバベルと呼ぶのはおかしなことだと思いますか?」
俺が質問をすると、二人は少し黙り込む。しかし、嫌な顔はせずにギルディスが答えてくれる。
「僕は、教会に来た人にはギフトについて、神々について教え説くけれど、バベルの学説について否定するつもりはないよ。僕らは自分たちが成すべきことをするだけだから」
おお、意外と寛容というか、ギルディスが特別そうなのかな。それとも、もしかしたら、「言葉」を誰が生み出したのか、はっきりとは分かっていないのかもしれない。
いや、教会の人間でしかも地位もあるギフテッドなのだから、教会の教えを疑っていないのかな。彼らは選ばれた、エリートなのだからそういう態度であっても当然と言えるかもしれない。
「ところで、君は……ええと、アポロ君。君はどういう職業なんだい」
「僕は飛揚族で古代魔術師です。アーテイファクトの力を扱えます。一応仲間を探して旅をしているのですが、中々手掛かりらしいものには出会えなくて」
「飛揚族……初めて聞くな。グレイは聞いたことがあるか?」
「いや、ない」とグレイは窓の外を見ながら短く答える。
「すまない、僕らでは力になれないようだ。しかし、飛揚族、アーテイファクト使いか……エノク教会でアーテイファクトの力を扱える人間はおそらくいないはずだが……すごく特殊な能力だな。もしかしたらアポロ君もギフテッドなんじゃないか? そのアポロという神様の名前を戴いたのも、その力があってこそだろ」
「え! そんなことないです! 俺はガラクタウンのスラムで生まれて、親も分からないし、気が付いた時にはスクラップ、くず鉄漁りをして暮らしていて。アポロって名前も、教会の人や貴族の人みたく、洗礼や儀式で頂くんじゃなくて、自分で勝手に名乗っているだけで……」
自分でそう言っていて、何だか情けなくなってきた。そんな俺にギルディスは、
「そうか、辛い話をさせてしまってすまなかった。しかし、アーテイファクトの力を引き出すとは、すごい才能だ」と優しい言葉をかけてくれるのだが、それがまた情けなくなる。恵まれすぎた人たちから施しを受けた、幼少期の記憶が頭をよぎり、俺は慌ててそれを振り払う。
俺は自分の力で、今ここにいる。それで十分じゃないか。親の顔を知らなくても、惨めな暮らしをしていたとしても、今の俺は冒険者なんだ。それで十分なんだ。
「おい、ところで、そこの侍はどうなんだ。自分の話はしたくないのか?」