第八章 大人は暴力がお好き
神様……そうか……俺はその言葉を聞いて、深く納得してしまっていた。でも、それと同時にあの天人を「殺さねばならない」という事実が、俺に重くのしかかっていた。当然の成り行きだ。その為に旅を続けてきた。なのに……
そんな俺のざわつく心とは関係なく、蓮さんは冷静な質問を投げかける。
「あの天人と戦った際、僕やエドガー、リッチ、全ての者たちの力は無力化されました。それを打ち破る策をお持ちなのでしょうか?」
「無論。黒夢姫を無力化するか、或いは殺せば準備は整う。蓮。ジェーンから少し話を聞いたが、お前はリッチなどと関係を持っているとは……まあ、その点を今は深くは問わぬ。利害が一致しているなら、死者の王も弾避け位にはなるかもしれぬしな」
リッチを弾除け扱いって! どんだけ自信家なんだ? それとも、教会の人らってリッチのような存在に対抗手段を持っているのかな?
そういえば、朱金の天人は、リッチを執拗に攻撃していた気がするけれど、気のせいかな? 彼らが敵対しているなら、本当に弾除けになってくれるかもしれない。戦場ではそれどころではないと思うけれど……
「フォルセティ殿はあの朱金の天人についてお詳しいとみえる。僕らに少し、奴の正体を教えてはくれませんか?」
「あれは『存在してはならない』物だ。それで十分だ」
「それは、エノク教会にとっての、という意味でしょうか? 正体不明の神と対峙するには、こちらにも準備が必要です。おっしゃっているのは、教会の内部については、僕たちには話したくないと?」
「それもある。ひいては、世界を解く物でもあるのだ。それだけでも大きな理由になろう」
それを聞いた蓮さんは、多分俺と同じことを考えたはずだ。俺は動揺で背中が汗ばむのを感じる。しかし蓮さんは変わらぬ口調で問う。
「話の途中で、申し訳ありません。僕はつい先日、預言者の少女から、 エキスパンションを解いてはならない という言葉を預かりました。この言葉が真実だとして、僕はその倒すべき存在に近しい物なのでしょうか。それと、エキスパンションというものについてご存知でしたら、是非伺いたいのですが」
フォルセティさんは口を真一文字に結んだまま、じっと蓮さんを見る。嫌な沈黙が辺りに訪れる。
しかし、フォルセティさんは何故か急に笑みを見せ、蓮さんに語り掛ける。
「私はお前を殺さない。エキスパンションについて、お前は知らなくてもいい……納得できないといった顔をしているな。だが、私も一応神に仕える身、何でも口に出す訳にはいかない。ただ、私がお前を裏切ることはないという位の、信頼関係は築けているつもりだがな」
エキスパンション、解す物……それは、神様、教会に関係する事柄なのだろうか? しかし、俺の疑問に答える者はいないだろう。
蓮さんは少し、俯き、しかし顔を上げると、しっかりとフォルセティさんの方を向いて語り出す。
「僕の生きる目的は、父である四式朱華を殺すことだと、昔お話ししたと思います。僕が朱金の天人を殺す動機は、その目的に通じるものです。四式朱華は神殺しを成した男であり、並みの力では太刀打ちできない。朱金の天人を倒せぬなら、四式朱華を殺めるなど遠い話。奴こそがこの世の伏魔殿、滅するべき悪の権化……いや、ただの、僕の個人的な憎しみです。僕は、フォルセティ殿が考えているよりもずっと危険な存在だと思います。僕は世界の平和よりも、神様同士の争いよりも、只一人の男を殺すことこそが望みなのです」
修羅として人を切り、切られ。死闘の中で生きてきた男の言葉は重く、俺は腹の底に何か重い物がたまったような、辛さを持て余していた。
そこで、蓮さんは一息置いて、ほんのわずかに柔和な調子でこう付け加えた「でも、今は、とりあえず、人の役に立つのも悪くないと思うようになりました。貴方の御子息や、共に旅をした仲間達のおかげです」
蓮さん! 俺は、何だかよくわからぬまま、一人感動して胸が熱くなっていると、広々とした部屋に哄笑が響き渡る。その声を上げているのは、勿論、
「ははは! 野良犬だろうと猛獣だろうと忠犬だろうと修羅であろうと、上手く躾けてやる! お前が道を踏み外すならば、聖なる刃で浄化してやる。安心しろ」
浄化って……消滅させるって意味ですよね? だけど蓮さんも負けてはいない。
「……御子息の調教には多少失敗したように思えますが、その点についてはいかがお考えでしょうか?……勇猛な戦士が優れた指導者であるとは限りませんし……まあ、これは師匠である僕の責任でもありますが……」
「私に子供などいたか? おかしなことを言う奴だ。ははは!」
室内に響く豪快な笑い声。冗談だろうけれど、自分に息子はいないと言い切れるのはさすがだな……そんなフォルセティさんの笑いが収まった時に、蓮さんは言葉を続ける。
「それで、朱金の天人とはどういう存在、或いは特性を持った者なのでしょうか?」
蓮さんのしつこさに負けたのか、フォルセティさんは少し苦い顔をしながら、言葉を返す。
「私が、奴の全てを無力化する術を打ち破る。そうしたら後は暴力の出番だ。どうにでもなる」