第五章 リラックス?
「あのさ、蓮たちは一度、ホテルの部屋ででシャワーでも浴びて来たら? 長旅で疲れてるんでしょ? その後でまた会いましょう」
ジェーンなのに、さっきからやけに気が利くなあ。そう思ったが、単にフォルセティさんとの対面の前に身ぎれいにしろって意味だけではなく、彼女はギルディスとグレイに何かを話したい様子らしかった。
何にせよ、久しぶりのシャワーなんて有難い。俺は喜んでその提案を受けることにした。
しかも驚いたことに、カウンターへ行き、ホテルの部屋の手配まで彼女がしてくれた。ここまで待遇がいいと、その見返りが恐ろしいが……でも、まあ、まずはシャワーだ! 俺は笑顔のホテルマンの後をついて行き、部屋に通された。
俺達はそれぞれ一人部屋を与えられた。部屋はそこまで広くはないけれど、床には絨毯が敷かれ、大きな苔色のソファが対になっておかれている。真ん中には白い大きなテーブル。その上には籠があり、色とりどりの果物が盛られていて、中々居心地が良さそうだ。
俺はホテルマンがいなくなると、すぐに服を脱いでバスルームへ! 蛇口をひねると、シャワーヘッドからは、水ではなくお湯が出る! ああ、流石高級ホテルは違うなあ。
俺は全身に温かい雨を浴びる。ああ、たまらない。ずっとここにいたい位だよ。深緑色の石鹸で全身を洗う。自分が脱皮して生まれ変わるかのような、幸福感。っていうか、俺の羽からね、小さな虫の死骸が数匹流れ出て行ったんだよね……排水溝に詰まりそうなのを、無理やり押し込んだよ。
俺は何度も石鹸で全身を洗う。身体に染み付いた、汚れとか垢とかが流れ落ちる感覚が気持ちいい。はー生まれ変わるー!
仕方がないことだけど、こんなんでよくここに入ったなあ……まあ、今なら小奇麗にしているから、深く考えなくたっていいか!
あ、ついでに服も洗おうっと! ここなら日差しが強いし、ベランダに干しておけばすぐに乾くはずだし。
俺は一通り身体を綺麗にして、洗濯も済ませ、ソファに身体を任せる。ふう、いい気分だ。テーブルの上にある薄緑色のブドウを一粒口にする。甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、身体に染みわたる。次から次へと手が伸び、俺はあっという間に一房平らげてしまった。
お腹が満たされたら、ソファに寝そべり、しばしぼんやり。皆も旅の疲れを癒しているんだろうな。軽く話がしたい気分だけど、邪魔をするのも悪いな。こういう時には商人の寝床から何かを取り出そうかな。いや、休める時には休んでおいた方がいいかなあ。
俺がそんなことを考えていると、ドアがノックされる。俺は「どうぞ」と告げると、中に入ってきたのは、ジェーン。彼女はずかずかと俺の部屋に入ると、俺の向かい側のソファにどっしりと腰を下ろし、大きなため息「あー! ほんっと疲れる!」
彼女の傍若無人っぷりはそこそこ知っているつもりだけど、何があったんだ?
「ジェーン、どうかした?」
彼女はどんよりとした目を俺に向けると、また大きなため息。
「何だよ、俺が何かしたのかよ」
「違う違う、私も私で大変なのよ。あの二人、顔もいいし腕だって確かだけど、聖職者というか、聖騎士様といると疲れるわ。その分、ちんちくりんのアポロ君を見るとほっとするわー」
「何だよその言い方! 失礼だろ!」と俺がちょっと不機嫌になって言うと、ジェーンはいたずらっぽく笑って「元気そうで安心した」と口にした。それを聞いた俺は、何だか言葉に詰まって、小さく頷く。色々あったんだよ、本当に色々……
「あのさ、ジェーン、俺達の旅の話を軽くしたけど、もう少し詳しく説明してもいい? それとも、何か話したいことがあって来たの?」
「いいわ、先に話して」
「ええと……」うっ、ジェーンと別れてから、めっちゃめちゃ色んなことがあって、どれから、どこまで話せばいいんだ? 俺は少し迷ったが「ちょっと長くなるよ」と前置きをした後で、語り出す。
ゼロやエリザベートとの出会い。ヘラの依頼で、存在しない帝國に向かったこと。そこで起こった、リッチと朱金の天人との闘い、敗北。八咫鏡を求めてジパングに向かったこと。蓮さんと碌典閤という刀との関係。父親である四式朱華と「句会」と言う名の殺し合いをさせられ、蓮さんが和歌の力を得たこと。
空中都市のアカデミーでルディさんとスクルドとの出会い。また、アカデミーの教授らとの会話や、俺のアーティファクト使いとしての新たな力の目覚め。エドガーが卵の中に入って戦っていること。スクルドの言葉に従い、闇葉の地下墓地を目指したこと。そこで詩人さんやアリス=テレスとの出会い。地下墓地で出会ったハレルヤと、うやむやのまま、同行することになったこと。
自分で話していて、何だか他人事みたいな気すらしてきたぞ……本当に色々あったなあ……
「……あんた、色々あり過ぎて……よく死ななかったわね……」ジェーンがしみじみとそう言った。
「あ、でも何度か駄目かもって思ったことはあったよ」と俺は苦笑する。
「ちょっとは頼もしくなったみたいね」とジェーンは微笑む。俺はちょっと気恥ずかしくなって、でも「まあね」と軽く返した。すると、彼女はなぜか俺の隣に腰を下ろす。ローブを身にまとってはいるが、豊かなボディラインはしっかりと感じられる。俺は慌ててそこから目をそらす。
真横に彼女がいると、仄かに甘い香水の匂いがする。ちょっとだけ、どきどきしてしまう。彼女はなぜか、俺の右腕を軽く握った。
「たくましくなった気がする。色んな冒険をしてきて、私の知らない間に随分成長したんだね」
ん? え? 俺はわけが分からず、上ずった声で「ま。まあね!?」と返した。
「やっぱ、私にはアポロが合ってるのかな。一緒にいると気が楽だもん」
「は? え? そ、それはどうも!」俺がそう言ってテーブルの上にフルーツに手を伸ばすと、ジェーンの細い指がそれを制した。俺はそのまま固まってしまう。
ジェーンは俺の顔を覗き込むと言う「ねえ、私達、付き合っちゃおうか?」
「はあ? ええ! ちょっと待ってよ! 俺達パーティだよ、仲間だよ、そんな付き合うとか付き合わないとか……早いっていうか、その、俺、女の人と付き合ったことないからよく分かんないこと多いし、それに今は世界の危機が迫っているから、色恋でのぼせあがっている場合ではないというか……」
と、混乱状態だった俺がジェーンをちらりと見ると……彼女は身体を曲げ、震わせ、笑い声を噛み殺していた……
「ちょっと……ほんと、あんた、面白すぎるわよ……まだまだ冒険者としてはヒヨッコね……ふふふふ! あーおかしい!! アポロ君、だーいすき! ふふ!!」
くっ! ジェーンの奴!!! 純情な青少年の心を弄びやがって!!! くっそ!! これ、騙されたの二回目だ!! 自分自身にも腹が立つ!!! あーーーー恥ずかしい!!
俺が顔を真っ赤にして、どうやって復讐してやろうかと頭を巡らせていると、あることに気が付いた。
「なあ、ジェーン、ギルドリング、あ。ギルドピアスって持ってる?」