第三章 エノク教会
ジェーンはそう口にすると、フードをかぶってさっさと歩き出す。俺は皆に小声で「これ以上ごちゃごちゃ言わずについて行こう」と言って、静かに彼女の背を追う。
オアシスからどの位で街に着くのだろう。そんなことを考えながらひたすら無言で歩く。周りは相変わらず砂地で、遠くに建物があるようなかんじがしない。ということは、街まで距離があるのかな?
でも、そうだとしたらジェーンが一人でわざわざ街からオアシスまで歩いて来たというのが不思議な感じがする。
そのことを質問しようかなあと思いながらも、ハレルヤの言う通り、質問はホテルですることにして、おとなしく歩くことにした。前の寒さに比べたら、ここの大陸の方が俺にとっては過ごしやすいしね。
と、いきなりジェーンが立ち止る。まだ歩き出して十分位しかたってないぞ「え、ジェーンどうしたの?」 彼女は俺のそんな疑問なんて勿論構わず、右手の人差し指と中指を高々と掲げ、言う「スレイマニエ・スレイマン」
ジェーンがそう告げると、何かが割れるような音があたりに響き、何もなかった場所に街が出現した。思わず俺は何が起きたのかを尋ねる。
「一時的に余計な人間が入れないように幻惑の結界を張っているの。ホテルの中は涼しいわよ。行きましょ」
外敵から身を守る結界? それも町全体を覆うって、どんなすごい魔術師がそれを行っているのだろう。っていうか、俺達が入っていいのか……? ジェーンの同行者扱いだから大丈夫だろうけど……
それにしても、アーティファクト反応も魔力反応も感じなかったぞ。ここは魔法の力で結界を張っているはずだけど、どういうことだろう。色々と聞きたいが、先ずは街の中の景色を眺める。
灰色のレンガの建物が並ぶ中、褐色の肌で黒い髪をした人達が行き交っている。男性は青いローブ、女性は赤いローブを身にまとっている人が多いようだ。あ、男性も女性も、目元に白い化粧? おしろいみたいなのをつけている人が多い。何かのおまじないか何かなのか。
そのことをぼそりと言うと、スクルドが答えてくれる。
「コベック大陸では商人の神様、マルドゥークを信仰している人が多いそうです。たしか、信者の人は目の下に白い化粧をする人が多いとか。それと、マルドゥークを信仰している地域では蛇を神聖な動物として扱っているので、蛇を殺したり、その肉を食べることはないそうです」
「おお、さすがスクルド。でもさ、蛇肉って……おいしいのかな?」
「僕が食べたのは、小骨が多くて美味しいとは言えなかったな」と蓮さんがぼそり。その話題はここでするのはよくないのでは……って、その話題を出したのは俺だけど! 後、食べたのか……蓮さん……さすが……
街中にはバザーも出ていて、色とりどりの果物や野菜が山盛りになって並び、焼き肉や吊り下げられた肉の塊からはいい香りがする。街中には活気があって、厳重な結界が張られている街だと思えない位だ。
色々と見て回りたいけれど、今は黙ってジェーンについて行く。彼女が俺達を連れてきた場所は、やけに立派な建物だった。白い大理石の壁で、ドーム状になった大きなホテルらしき場所は、ジェーンの先導がなければまず入らないだろう。
大きな白い扉の両脇には、軽装ではあるが、腕が立ちそうなガタイの良い二人の守衛。彼らは長い棒を片手にしてたたずんでいる。
そこをジェーンは無言で進み、守衛は扉を開く。スクルドが小声で「ここに、私達も入っていいんですよね?」と尋ねてくる。
「うーん、多分、大丈夫だよ」と、俺も気後れしながらも進む。当たり前というか、何事もなく中に入ると、建物の中はどういう仕組みなのか、とても涼しい。ロビーには大きな椅子やテーブルが並び、街の人の服装とは違う、俺達みたいな冒険者なのか、お金持ちなのかといった感じの人達が多く、赤や青のローブ姿の人はあまりいない。
ロビーの奥には黒檀の立派なカウンター、そこには白いローブを着た清潔感のある男性店員がおり、彼の後ろにはとても大きな、金色の鳥らしき物が描かれた絵画が飾られている。
「フォルセティ様に会う前に、軽く説明するから、自由に座って」
ジェーンは椅子に腰を下ろすと、俺達にそう言った。俺達は黙ってそれに従うと、ジェーンは口を開く。
「まず、今回の、というかロアーヌ様によると毎度のことみたいなんだけれど、今回の任務はフォルセティ様の独断で行われている行動で、銀龍聖騎士が属しているエノク教会とは切り離して考えて欲しいの」
「エノク教会?」
「フォルセティ様の属している組織の名前。フォルセティ様は銀龍聖騎士としての力もあるし、レヴィン、サファイア・ドラゴンの守護を受け、信仰もしているけれど、同じ教会内でも派閥がある。教会にとっての一番の存在が熾天使メタトロンというのは共通しているんだけれど、派閥によって教義の解釈が微妙に違ったり、ルールも価値観も微妙に違うの。だから、エノク教徒同士だからって皆仲良しってわけでもないし、むしろ、フォルセティ様達の存在がかなりイレギュラーなの」
「僕が知っている範囲だが補足をする。エノク教会の中には龍や龍人を天使より下に見る者もいるという。また、ジェーンも言っていたが、本来エノク教会の教徒が誰かの殺害の為に動くことはないだろう。フォルセティ殿には彼なりの考えがあるだろうが、エノク教会というくくりの中でフォルセティ殿や今回の氏の行動を考えない方がいい。フォルセティ殿達が、教会内の戦闘部隊と言えば分かりやすいだろうか」
蓮さんがそう付け加える。エノク教会というのは、名前だけ聞いたことがある位の知識しかないが、フォルセティさんがいわゆる普通の聖職者らしくないことはよーく分かる。フォルセティさんと蓮さんとの死闘……いやいや、「演習」が頭に浮かぶ。血に飢えた口の悪い聖職者なんて聞いたことないもんな。
でも、フォルセティさんの行動は、世界平和とか鎮圧とかの為に行われているはずだ。まあ、かといって、この先どうするかっていったらなあ……ジェーンには悪いけど、こんな時期に、できたら関わり合いになりたくないかもなあ……