第二章 コベック大陸 死の雨が降る城
「アポロから話を聞いたんだけれど、今は丁度、エドガーが卵のアーティファクトの中に封印されているんでしょ?」
「そうだが、エドガーに用があるのか?」
「そういうわけじゃなくて……まあ、いいじゃない。ところで、これから蓮達はこれからの行先は決めているの?」
「行先というか、一度近くの街で身体を休める。その後で、ギルドや酒場で情報収集をしようとしている」
「そうなんだ。だったらさ、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うわーでたー絶対何かあると思ったんだよ!」と俺が思わず口に出してしまうと、ジェーンは俺を睨んだ後で、蓮さんには微笑を向け、
「あのね、そっちも色々あったみたいだけど、私も色々あってフォルセティ様達と同行しているの。もしよかったら、ちょっと付き合ってくれない?」
フォルセティ様!!! エドガーの父親で、銀龍聖騎士。今のエドガーみたく、銀龍の姿にフォルムチェンジをしながら、同時に神聖魔法も駆使して戦うことができる、物凄い力を持った人。人柄は傲岸不遜で、おそらくそれに見合った力と権力を持った人なのだろう。俺は苦手というか、ほぼ喋ったことがないかな。彼の視界には強者しか入っていない。エドガーとは絶縁していたはずだが、この前の試練で一応は和解をしたの、かな?
だからといって、フォルセティさんと同行なんてうんざりする。それに、蓮さんだけならともかく、彼が俺達と旅を共にしたいとは思えないんだけれど……
「え! もしかしてジェーン、蓮さんだけ借りようっていうわけ? そういうのなしだよ! 今は世界の危機が迫っているんだから!」
すると、ジェーンは少し、口をつぐんでから、俺の方を向いた。その顔にはいつもの彼女らしくない陰りが見えていた。
「そう、ね。本当にそうらしいの。フォルセティ様の判断に任せるしかないのだけれど、あんたら全員の同行は許してくれるはずよ。こっちも使える魔導士が多い方がいいし」
「話が見えない。フォルセティ殿の目的を教えてくれないか」と蓮さん。
「フォルセティ様の目的は、黒夢姫の殺害か、そのコアを手に入れること。私に求められている役目は、黒夢姫の城の周りに降る死の雨を無力化させること」
黒夢姫って……? 誰だ? 銀龍聖騎士って、一応正義の力を振るう人たちって認識でいいんだよな。黒夢姫ってのが、悪者って考えていいのかな? それと死の雨って、名前だけでも恐ろしいんだけど! 外敵を近寄らせないために、黒夢姫が降らせている雨ってことだよな、多分。ジェーンは様々な魔法に通じているけれど、一番は水の魔法が得意なはずだ。それをかわれて、フォルセティさんに同行することになった、ということだろうか。
「もう少し補足するわ。このコベック大陸では、今雨が降らなくなっているの。この地方で雨を降らせる力、天候を操るほどの力を持っているのが、さっき言った黒夢姫。でも、このお姫様が中々厄介で気分屋な人……まあ、神だか精霊だか悪魔だか分からないけど、彼女は時折大陸の人々に無茶な要求をしたり、雨を降らせなくしてしまったりするらしいの」
「それで、殺害の依頼がフォルセティ殿にきたというわけか? 一国の大事なのかもしれないが、フォルセティ殿が動くほどのことではないように思える」
蓮さんがそう言うと、ジェーンは無言で軽く頷く。
「うん。蓮たちも知っていると思うけれど、今、身体の一部が赤水晶みたいになる奇病が世界のあちこちで発生しているでしょ。どうやら黒夢姫っていうのが、それに関係しているみたいなの。フォルセティ様はあまりそこらへんを私に教えてはくれないけれど……というか、そうよ! 世界の危機に立ち向かっているなら、私達に協力してもらってもいいでしょ!」
「相変わらず調子いいなあ……それだったら、カラグア大陸に行くときにも協力して欲しかったよ。ここよりも酷い灼熱の砂漠の地で、ジェーンの水の魔法はすごく役立ったろうなあ」
俺がそうぼやくと、ジェーンはさらりと「私、ジパングにロアーヌ様と同行して、修行しておりましたので」口にする。
「え! 俺達もジパングに行ったよ! それで、蓮さんの父親と会ったよ! どの時期に行ったの? もしかしたら近くで会えたのかな」と思わず口に出してしまったが、口にした後で、蓮さんに四式朱華とか碌典閤とかの話題はよした方がいいと気づき、背中に冷や汗。
だが、ジェーンはそんなことに構うことなく、苦笑いを浮かべ、
「ロアーヌ様と長く一緒にいられたのはいいんだけれど、それで今回のフォルセティ様との同行も断れなくなっちゃってね。私は水魔力で、死の雨と呼ばれる地帯を一時的に無力化できるはず。でも、こういう時は頭数があったほうがいいし、万が一弱体化が難しいなら、そういうのに耐性がありそうな蓮にフォルセティ様との同行を頼みたいの。お願い」
「あのーそういう難しい話はとりあえずホテルでしませんか? なんだか僕、暑くってのぼせてきそうです」
場違いでのんきな声を出したのは、ハレルヤ。のぼせそうとか言いながらも、日陰にいる彼は汗一つ見せず涼し気な顔をしている。ジェーンは真顔になってちらりとハレルヤを見る。
「そうね。行きながら説明する」