第三十二章 解す者
すると、蓮さんが穏やかな声で言った。
「アポロ、スクルド、そして、ハレルヤ。悪かった。僕はこういう人間だが、君らの心情を無視しすぎていた。申し訳ない。ハレルヤ、この話はまた今度にしよう。話すにしても、とりあえず、この場所から出てからにしようか。温かい風呂にでも入りたい」
「分かってくれたならいいよ。じゃあさ、このすぐ先にポータルがあるから、脱出しよう。アポロなら起動できるはずだよ。僕もさ、ここ、あまり気に入ってないんだよね」
ハレルヤはそう軽やかに返した。うーん、ハレルヤって、つかみどころがないな……明るくて友好的みたいだけど、色々謎を持っている。まあ、今の所は、蓮さんとのいさかいが解消したみたいだから、良しとしなきゃなのかな……
それに、ポータルがあると言うのは助かるな! ん? ポータルがあるってことはもしかして、アーティファクト使いがここに定期的に来ている、来ていたってことか? だとしたら、何のために?
棺からハレルヤを開放する為?
いや、それはないような気がする。彼なら自力でどうにかできそうだし。あんなに俺らのことに詳しいんだから。うーん、他にもアーティファクトが隠されているのかな? そういえば、あの一本の樹ってなんだったんだろ。あと壁画も……あ、壁画はハレルヤのことを言ってるのかな? 堕天使=アーティファクトの天使にゆかりがある地ってことなのか?
ハレルヤに色々聞きたくなってしまったけれど、ここでまた蓮さんを刺激するのはよくない。それに、ハレルヤだって質問攻めにされたら迷惑だろう。
でもな、何だかここって謎が多いんだよな……頭の中を整理しないと
……ふう。さすがに少し疲れたな。
俺が色々考えながらのろのろ歩いていると、突然背にスクルドの声がした。
「すみません、ハレルヤ。これだけ確認させてください」
その言葉に彼はふりかえりにっこり笑顔を向ける。
「あの、光り輝く存在と、貴方とは……」
彼女は、そう言った言葉の途中で、口を開いたまま固まってしまった。え? 俺が驚き周囲を見回すが、何かが起こった様子はない。というか、俺の勘違いでなければ、蓮さんも、ハレルヤまで、俺みたいに意味が分からず驚いた表情をしているんだけど……
「スクルド……? どうかしたの?」
俺がそう言うと、スクルドは固まったまま……いや、ゆっくりと、しかし大きく頷いた。え? 大丈夫って意味なのか? 俺がもやもやした気持ちを持て余していると、スクルドは静かに告げた「声が、聞こえたんです」
あ、そうか。スクルドは大きな存在の言葉を聞く能力があったんだ。急だったからびっくりしたよ……
スクルドは蓮さんの方を向くと、厳かな声で告げた。まるでそれは、神の言葉のような重々しさで、普段の彼女の声ではないかのようだった。
「蓮、エキスパンションを解いてはならない」
「……申し訳ないが、意味が分からない。エキスパンションって何のことだ?」
全員が無言になった。ハレルヤなら知っているかもしれない。でも、黙っているってことは、たとえ知っていても教えてくれないってことだ。
それにしても、ジパングの蓮さんには相応しくないような響きの言葉のような気がした。なんかさ、和語っぽくない感じがした。物知りの蓮さんやスクルドが知らないって言うのも何だか不思議だ。辺りが沈黙に包まれる。それを蓮さんが破った。
「……ところで、その声は僕以外の事柄についても何か告げていたのか?」
すると、スクルドは少し困ったような表情をして、目をそらして告げる「……私に、幸せになりなさいって、そう告げていました……」
は? どういうこと? シリアスな場面で、何かの冗談? ちょっと、頭が混乱しているぞ。え? 幸せ? この旅を止めろって意味? それとも旅を続けろってこと? もしかしてスクルドには婚約者がいて、結婚しろってこと?
わからん! というか、神様とかがわざわざ「幸せになれ」って言うものなのか? 特別なメッセージを送るものだとばかり思っていたんだけど……
その時、俺は恐ろしい考えが浮かんでしまった。それは、考えたくないことだった。
そういえば、スクルドの身体にはアーティファクトが埋め込まれていて、アーティファクトが彼女の中にある「今は」不死身に近い状態にあるらしいんだ。
自分が、スクルドの力を解き放つとか、彼女がその力を失ってどうにかなってしまう場面を想像して寒気が走った。いや、違う。だって、神様みたいなのが「幸せになれ」と言ってるってことは、彼女には不幸にならない道が存在しているってことなんだよな?
でも、それは俺の勝手な想像で、こんなことをペラペラしゃべる気には、とてもじゃないけれどなれなかった……「幸せになれ」か……冒険者とか、使命を持った人にはその言葉は重いな……