第三十一章 ハレルヤのピジョン・ブラッド
ハレルヤは無言で瞳を閉じた。それはまるで、静かに運命を受け入れる、無実の死刑囚のような恐ろしい美しさを湛えていて、俺は、何かすべきなのに、身体が、動かなかった。それとも、今の蓮さんをどうにかできる人なんていないと、そう感じてしまったからかもしれないが……
俺は歯がゆい思いを抱きながらも、じっと彼を見る。ハレルヤは右手に当てると、薄桃色の唇を開き、高らかと歌いだす。
「King of Kings, and Lord of Lords, 王の王、主の主
and He shall reign for ever and ever, 主は世々限りなく統治される
Hallelujah! ハレルヤ!」
その歌声は、俺の内側から震える清らかさと暖かさを生み出す者だった。その歌を口にしていたのは……ハレルヤだった。天使の歌声。いや、堕天使の歌声というべきなのか?……ハレルヤ……不思議な存在……
俺がイメージしている天使って、正に彼のような存在だった。不可思議なベールを身体にまとい、人々に祝福を与える、輝かしい存在。天使の里にいた奴らとは全然違う、神々しさ。光のエネルギーというか、暖かさを感じる。
彼の歌声に酔っていて、はっとして見ると、蓮さんの目の色が普通に戻っている……蓮さんは静かに刀を下ろした。
「美しい……歌だな。僕の殺気を浄化するかのような歌だ。これに対抗するには、和歌を使わねばならないと言うことか?」
「……僕は、君達と争いたくないんだ。信じてくれないか?」
もっともな話だ。和歌の力が発動したとしたら……考えたくないぞ……俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「僕もできれば信じたいところだが、君はあまりにも知り過ぎている。危険すぎる。僕が警戒するのも最もな話だと思うが」
「そんな! 警戒するっていっても、刀を向けるなんてやりすぎよ、蓮! 少し冷静になって!」
そう言ったのはスクルドで、俺は思わず彼女をまじまじと見つめてしまった。蓮さんが戦闘モードの時によく言えるな……って、彼女の意見こそ、最もな話かもしれないけど。
でも、冒険者として多少は経験を積んできた俺は、多少蓮さんよりの考えになってきていた。いつ、誰が裏切るかは分からない。俺が想像できないような戦場を乗り越えてきた蓮さんなら、過剰過ぎるほどの反応を示しても、おかしいことではないんだよな……
蓮さんはスクルドに向かってほんの少しだけ、真顔で頷くような動作をした。え? どういう意味? 俺がその意図を考えていると、ハレルヤがなぜか僕に何かを投げた。慌てて手に掴んだそれは……父さんからもらった宝石、ブラッドスター!?
え? 似ているけど……違う? なんだ、この美しい、赤い宝石は? 恐ろしいほどに美しく光る、真っ赤な宝石……まるで、生きているかのような怪しさと魅力を秘めた、赤。
「ピジョン・ブラッド。鮮血の紅の宝石で、僕の心臓みたいなものだよ。アポロがアーティファクトの力を開放すれば、僕は死ぬ。旅の間はそれを預けるよ。これで信用してくれるかな?」
ハレルヤは微笑み、そう告げた。宝石はまるで鮮血のように輝くが、アーティファクト反応は感じられなかった。でも、詳しく調べる気にはなれなかった。その時、アイシャの行動がフラッシュバックした、俺に生まれた感情は、怒りだった。
「命を粗末にするな!! なんで君達機械仕掛けの天使は自分の命を軽く扱うんだ……なんで……なんでだよ……」
俺の怒りの叫びは、多分、筋違いかもしれなかった。でも、もう嫌なんだ。自分の手で、誰かの命を使うなんて……