第三十章 睡蓮・修羅・堕天使
存在してはならない帝國での、ベルチェニコフ=リッチの一件が頭をよぎる。不可思議で、謎を持った存在。でも、俺は彼のことを信じてもいいような気がするのだけれど……
というか、彼の持つ謎が、俺をひきつけてやまなかったし、ここで別れたり争ったりするなんて考えられなかった。彼の話が聞きたい。そしてきっと、彼とは友達になれるような気がする。
俺のそんな思いとは裏腹に、ハレルヤは蓮さんへと近づいていく。蓮さんがハレルヤを睨むような、警戒するような視線を送っていたことに気付く。一気に場に緊張が走る。
「蓮。死者の指輪は時々外したほうがいいよ。ずっと指にはめたままだと闇の物を引き寄せる」
死者の指輪……ああ、リッチから交信用にと蓮さんが預かった古ぼけた指輪のことか……って! あれがリッチにクラスチェンジすると言われている、伝説の死者の指輪なのかよ!!
今更だけど、リッチってある意味で神様以上に危険な存在かもしれない。彼らにとって俺らの命を刈り取ることなんて、呼吸や気まぐれみたいなものだと思うんだよな……
もしかしたら本来の力は失っているのかもしれないが、そんな物をよく蓮さんに渡したな……てか、蓮さんがそれを身に着けていても平気なのはさすがだな……そういえば「指輪は僕が持つ」って言っていたっけ……
「ハレルヤ、君は何でそんなに詳しい? アポロだけならまだ合点がいくが、僕のことまで良くわかるな」
蓮さんは抑えた口調でそう言ったが、俺は内心冷や汗ものだった。蓮さんああ見えて激情家だから、どうか争いごとがおきないようにしなければ……
そんな俺の心配をよそに、ハレルヤはあっさりと言った。
「ギルドリング。またはそれに準じる物を身に着けている冒険の簡単なデータなら、僕らはすぐに把握することができるよ」
え! どういうことだ? ギルドリングって、冒険者の為にある物じゃないの? 冒険者が世界を旅したり、一般市民と持ちつ持たれつの関係を作るための、身分証、証明書みたいなものだよな。俺の疑問をよそに、蓮さんは切り込む。
「……そうか。つまり、君達堕天使がデータ取集の為に、ギルドリングを配布しているということか?」
すると、ハレルヤは少し困ったような顔をした。この人……あ、堕天使……ポーカーフェイスが苦手なのか?
「うーんと、そういう側面もあるけれど、結果論でそうなったというか……それにギルドリングやギルドピアスとかで見られるデータは、あくまで心身能力やら装備品所持品やら、あとは少しの記憶や感情についてだけだからさ、リーディングができる魔法使いなら僕らじゃなくても可能な範囲のことだよ」
「では、君は何故僕らに関わろうとする?」
「世界の為に」
ハレルヤはそう口にした。そうして笑みを浮かべて付け加えた。
「君達と同じ理由だと思うよ」
「ならば教えてくれ。僕たちが朱金の天使を倒すことを目的にしていることを、君は知っているはずだ。そうだろ? リッチの言っていることに間違いはないのか? 世界の危機が迫っているのか? それはあの朱金の天使が原因で起こることなのか?」
ハレルヤは口を閉じ、少し目を伏せ、そのまま喋り出す。
「機密保持の……契約があるんだ。ああ……ええと、その、君だって、全部をいきなり話せって言われても無理だろ。というよりも、今それを話してもお互いにとって良くない。ただ言えるのは、今のまま戦いを挑んだとしたら、皆死ぬよ。睡蓮八卦鏡は、彼には効果が無いと思うよ」
びくり、と全身が震えた。蓮さんの黄金の瞳は爛々と輝き、その手に持つ刀は、ハレルヤの喉元に向けられていた。
「睡蓮八卦鏡がどういう物かまでよく分かるな。君はどこまで知っている。リーディングでステータスや持物まで分かるとしても、睡蓮八卦鏡がどういうもので、朱金の天使にどう作用するかまで、何故知っている。返答次第では殺すぞ。答えろ。お前は僕らを監視しているのか? どういうことか詳しく話せ。君は傍観者だかなんだかだろうけれど、僕らに協力的なんだよな。最大限の譲歩ができるはずだ。してみろ。できるだろ。違うか?」