第二十九章 堕天使
彼は良く通る、美しい声でそう告げた。俺は無意識に、手にしたゼロだった宝石を彼に差し出すように向けていた。彼はその意図を組んだのか「へー」と嘆息を漏らした。
「ハレルヤは……何……? 誰なんですか?」
と、ちょっと考えればおかしな質問だが、俺はせずにはいられなかった。すると、彼は両肩を少し震わせる。
とたんに翼の色が透明な薄紅に染まり、きらきらと光り輝き、その髪はエメラルド色になってなびき、すさまじいアーティファクト反応が彼から発生していく……これって!! もしかして!!
「機械仕掛けの……天使……」
アイシャと同じ存在……俺が思わずそう告げると、彼は羽の色も髪の色も通常状態(?)へと戻る。すると、アーティファクト反応は消える。感知しようと試みても、全く分からない。
「そうだね。でも、ある存在達は僕らのことを堕天使って呼ぶんだ」
「堕天使って……神様に逆らったり、罪を犯したりした元天使のことを呼びますよね?」
スクルドがハレルヤにそう尋ねた。彼は真顔で軽く頷いた。
「うん。それが一般的な解釈だけど、堕天使にもいろいろいる。堕天の定義をどうとらえるかだね。天使だって人間だって色んな人がいるでしょ。神様だってね」
意味深な最後の台詞。神様に、彼は会ったことがあるのか? 俺がそんなことを思っていると、彼は言葉を続けた。
「その神様の一部……いや、わりと多くかな。機械というか、アーティファクトを嫌っている存在がいるんだ。でもさ、アーティファクトの力で世界の危機を救おうとした人がいたんだ。えーと、ここまで来ている君達なら、プロジェクト・ゼウスって、名前位は聞いたことあるはずだよね」
あ、れ? おかしいぞ? いや、まて、俺が勝手に混乱しているだけかも。そもそもプロジェクト・ゼウスって、何なんだ? 理想的な兵隊? 人間を作る計画だっけ?
後、俺が知っている神話だと、神々と機械の戦争があって、激しい戦いの後で神や機械がどちらも力をほとんど失ったかなんだかで、この世界が一応平和になっている、みたいな話を聞いたことがあるんだ。
でも、それはおとぎ話というか、数ある「神話」の中の一つであって、多くの人がそれを知ってはいるけれど、本気で信じている人は少ないと思う。
俺は多少混乱したまま、そういうような話をハレルヤに質問した。
「うん。大体は合ってると思うよ。神々と機械との戦争があった。でも、それはどちらもこの世界を守るために行われたものだったんだ」
「え? どういうこと? 世界を守るために……?」
強大すぎる力がどちらも弱くなった、争いが終わったからこそ平和が訪れたんじゃないのか? 平和の為に両者が戦う? 何だか事態を飲み込めない。
「うん。どちらの軍勢も、世界を守るという大義があってこその対立だった。君がゼロと呼んでいる、ジュエル・アンドロイドは、プロジェクト・ゼウスの試作品だったんだ。神々と戦うために生み出された存在なんだ」
急に、俺の手のひらの上にあるゼロが、何かを発したような気がした。でもそれは気のせいで、俺がハレルヤの言葉に動揺しているだけだった。彼は、何でこんなに色々知っていて、それで、何で……何で俺にそれを伝えてくれるのか? 俺は単刀直入にそれを言葉にした。そして付け加えた「君は、俺が誰だか知ってるの? 飛揚族について、知ってるの?」
すると、幼い彼の顔に憂いのような影が浮かんだ。
「僕はね、君たちの味方でいたいんだ。でも完全な味方ではない。本来は中立者であったり、傍観者であったりしなくてはならない存在かもしれない。でも、おいおい僕の知っていること、伝えていくからさ、ひとまず、信頼してくれないかな。難しいかな」