第二十五章 森は巡る
ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、突然、歩いていた鳩の身体が倒れた。そしてそのまま動く気配がない。さっきまであんなに元気そうだったのに……どうしたんだろう。
「もしかして、死んでる?」と俺が口に出した。
「いえ、もう、死んでたんだ」とスクルドがそう返した。
「え? それって、何か、毒ガスか何かの……」と俺が警戒し、慌てて周囲を見回すのだがそれっぽい臭気は感じられない。
というか、死んでいたのが、動いていたってこと? そう思うと緊張が走る。
「みんな、動かないで。身体も、心も。ただ、前を見て。私たちは、歓迎されているわけでも、排斥されているわけでもない。だから、あるがままを信じて」
今度はスクルドが突然そんなことを口に出した。そうだ。彼女は預言者だから、急に誰かの言葉を受けたのかもしれない。あの光の男の言葉が分からないのに、誰が何を言ったのだろうか?
そんなことを考えている一瞬、石づくりだと思っていた壁や地面の全てがはがれるように様にして、この闇葉の地下墓地の本来の姿が現れた。
腐葉土、と言うのだろうか、ぐにゅぐにゅして水っぽい、落ち葉が溜まってできたものと、黒土が混じった足場。よく見なくても、そこかしこには小動物の頭部の骨や、もっと大きな骨も散見された。巨大な岩や、倒壊した残が胃らしきものもあり、なんだか不気味な感じがする。
見上げても空は、見えない。高く生えた木々に覆われ、周囲はうす暗く、うすら寒い。正にここは闇葉の地下墓地と言う名にふさわしい場所だった。
「それにしてもスクルド、先程の言葉は誰かから聞いたのか?」と蓮さん。スクルドは真面目な顔をしてそれに返す。
「私は預言者としての力もありますが、樹や自然について通じ合う魔力や感覚も持ち合わせています。だから、誰かの声というか、自然を恐れないでって、二人に伝えなければと思って」
「自然を恐れないでってどういうこと?」と俺は口に出した。
「あのね、今ここにある景色のこと。自然は様々な物の死を受け入れ、それを栄養にして、また生命を育むものなの。誰かの亡骸や倒れてしまった後も、それがまた自然へと帰り、誰かの命へと繋がっていく。だから、死は、必ずしも悲しいことじゃないの。それと、敬意を持つこと。二人は大丈夫だと思ったけれど、この闇葉の地下墓地が姿を見せてくれた時、私たちは多分試されているんだって感じた。だから、咄嗟に、目の前の景色を悪しきものだと思わないでって、口に出た。ちょっと思い過ごしだったかな。多分、あの光の男性がこの場所への侵入を許してくれたんだと思う」
しょ、正直そこまで考えつかなかったぞ……というか、この森が姿を現したのが、あの光の男によるものなのか、別人によるものなのかは分からないけれども……
でもさ、死は必ずしも悲しいことじゃない、かあ。言っていることの趣旨は分かるんだ。でもさ、まだ俺はそういうの分かりたくないなって、心の中がずきずきと痛んだ。
「そうだな。なんだかこの地はジパングの親しんだ森に近しい雰囲気を感じる。ところで、僕たちはどこに向かうべきだと思う? この先は一面の森のようだが……」
そう口にした蓮さんの手の平にはコンパスが置かれていたが、そこから出ている光はとても弱々しく、どこを指しているのかも分からなかった。俺も自分のコンパスを取り出してみる。すると、あれ、光が一応出ているぞ。でも、心なしかその光は弱々しい気がする。
「私のは、平気みたいですけれど」
そう言ったスクルドが手にしているコンパスからは、普段通りの光が発せられているようだった。しかし、その光の向きは、弱々しい光の蓮さんのとは勿論、俺のコンパスとは違う向きを示していた。
「三人とも、違う向きを示しているということか」と蓮さんが言う。うん。そういうことだよな……ルディさんが魔力を込めてくれたコンパスでこんなことが起こるなんて、正直思わなかったぞ……
その時、遠慮がちな、しかしはっきりとした声がした。
「あの、私のコンパスの光が一番強いと思うんです。アポロがアーティファクトに反応したり、あの光の男性が出てくるとしたら話は別ですが、今は、もうそういう気がしない。それは、私の勘でしかないですが……でも、お願いします。私を信じて下さい」