第八章 冷め切った機械天使アイシャ
見た目は全く分からない。けど、彼女を見た瞬間、魔力感知をしてしまった。というか俺が思わず口に出したのは、悪かったなあ、でも、もう仕方がない。少女は長い黒髪のお人形さんみたいな綺麗な顔だが、どこか作り物めいているというか、無表情だった。
「そうです。私が機械の身体を持っているせいか、祭壇に近づくと様々な災厄が訪れます。何人もの冒険者が崖から落ちたり、召喚された強力な魔物に倒されたり、こつ然と姿を消したりしています。私は災いをもたらす機械仕掛けの天使。それでもこの依頼を受けますか?」
俺はエドガーをちらりと見ると、鬼のような表情で首を縦に振る。正直これからのことよりこの方が怖いわ。俺が「はい。よろしくお願いします」と言った。彼女の表情は変わらない。
「でも、今まで飛陽族はいなかったはずだ。彼がいるなら、暴走したという機械の身体の力を抑えられるはずだ」と青年の一人が言うと、今度は十数人がわいわいと自分の感想を述べ合う。な、なじめそうにないなあこの村には……というか、飛陽族はアーティファクトの力を引き出すもので、機械はどうなんだ?
「彼、獣化しそうだし、行きましょ」アイシャはそう言うと、小さな体でさっさと歩き出す。その身体には羽があるが、魔力感知すると、翼は骨組みだけのボロボロで、とても飛べそうには見えなかった。俺は一応アイシャに飛べるのか聞いて見ると
「飛べない」の一言で片づけられた。もう少しコミュニケーションがあってもいいのになあ。
でも、彼女にとっても失礼な質問だったかもしれない。自分の身体の一部が機械だなんて、普通に考えたら大きな問題で、彼女が俺に対しても警戒心が強くてもしかたないかもしれない。ただなあ、会話がないと、この先の困難らしき場所で必ず困ると思うのだけれど……
なんて俺が一人でごちゃごちゃ考えている間に、里の外に出た。すると、大きな声で、エドガーが呼吸をする。
「あー! 何なんだこの里は! 獣化する所だったぜ! お? 蓮、お前以外の奴はどこ行った? 誰もいねえんだけど」
確かに、出た場所で待機していた冒険者たちは全員いなくなっていた。いるのは蓮さんだけ。
「みんなこのクエストに疑問を感じて帰ってしまった。そういう者たちは仕方がない。その少女が、天使なのだな。よろしく、僕は鳳来蓮」
するとアイシャはなぜか少し間を置き、
「わ、私は、アイシャ。貴方にも一応言ってあげる。これから行くのは、貴方達冒険者に災厄が降り注ぐクエスト。冒険者たちが皆失敗してきたクエスト。帰った人たちは賢明な判断だわ。それで、貴方はどうするの?」
蓮さんはエドガーと俺の眼を見てから、
「依頼は受けたんだろ。難しそうだが、務めさせてもらう。詳細はあの二人から聞けばいいのかな。短い間だろうけれど、よろしく。アイシャ。とりあえずどこに向かえばいい?」
「ここから近くにヘルブンウッドっていう村がある。最初にそこを目指して、山を登って、太陽の祭壇を目指す」
「分かった、ありがとう、じゃあ、エドガー、アポロ、行こうか」
とアイシャと並んで歩き出す蓮さん。エドガーと顔を見合わせ、エドガーが「何かお前の時と随分態度ちがくねーか」と言うのに無言でうなずいた。なんだ? やっぱり蓮さんだと違うのか? それが何か、いまいち分からないけど……
でも、まあ、まともに会話してくれる人がいるということに感謝しよう。エドガーとなんて、話してないけど、見るからに相性悪そうだし。
でもだからといって、あの話はちゃんと後で蓮さんに伝えなきゃな。それほどの災厄が降り注ぐというなら、幾らエドガーや蓮さんが強力すぎる戦士だとしても、意味がない。
と、そのエドガーはまだ結構怖い顔をしていて、俺は大丈夫? と尋ねてみると、険しい顔のまま、
「ああ、あの里を出たら、ましになって来た。俺の獣化は、当たり前だがある程度はコントロールできるし、闘いが、闘争本能が収まれは終わるものだが、あそこにいると、俺は一生獣になって理性を失いそうだった。なんなんだ、あの村は」
「あの村は強きものを神への捧げものとする村。だから、そこの獣戦士が天使じゃないのに、過剰に反応しているのもそういうこと」アイシャは俺達に背を向けたままそう言った。
え、待てよ。あの村には、不自然に子供が少なかった気がする。排他的な雰囲気を出して、村の秘密を外に出そうとしていない。ということは、だ。
「アイシャ。もしかして、もしかしてだけどさ、俺達は君をその祭壇に連れて行って君は完璧な天使になる。そして、アイシャはあの村でどうにかなる、てことか?」
アイシャは立ち止まり、振り向いて俺を見た。
「へえ。すごく飲み込みが早いのね。そう、神託が着て、私の番になったから。まあ、冒険者はたどり着けてないから、それもあまり意味がないけど」




