第二十三章 光との再開
ふんわりとした光、居心地の良いベッドの上にいるかのような……いや、そんなわけがない。でも、俺は固い岩の地面の上であぐらをかいていて、すぐ傍にスクルドの姿があった。彼女の両手からは、薄っすらとした青白い光が放出されており、俺の上半身を包んでいた。
「あ、ありがとう。もしかして、俺、気を失ってた?」
「うん。急いでヒールとキュア・ディジーズをかけたら、気が付いてくれたみたいで、ほっとしたの」
たしか、ヒールは外傷にきく魔法で、キュア・ディジーズは、病気の回復にきくはずだ。どちらも初歩の魔法だと思うから、俺も重症ではなかったのかな? って! スクルドは大丈夫なのか? 俺が慌ててそれを確かめると、彼女は少し困ったようにはにかむ。
「アポロが悪霊を払ってくれた時に、すごく体調がよくなったの。自分でも不思議で……もしかしたら、樹の声を聴こうとして集中している時にはすでに、悪霊に憑りつかれていたのかもしれない。だからか、今は本当に元気よ」
「アポロは、魔力を使う機会が多かったから、マジックポーションでも飲んで、休むといい」
蓮さんがそう言ってくれて、俺はリュックからマジックポーションを取り出し、一気に飲み干した。ちょっと甘酸っぱい、桃色の液体。それが胃の中に入ると、身体に魔力と気力が満ちていくようなイメージがして、気が楽になる。
アーティファクトを色々使っていたのもあるけれど、特別なイメージをして、魔力、炎を操るというのは想像以上に消耗するのかもしれない。全力でやらなければならない場面だった。だけど、それで倒れてしまったら、最悪の結果につながるかもしれない。まだまだ修行が必要だ……
「それで、二人の体調はどうだ? やはりここにはこれ以上長居はしない方がいいとおもうのだが」
蓮さんの言葉に、俺もスクルドも先に進むように提案する。蓮さんは軽く頷き「分かった」と、音もなく地下墓地の先へと歩を進めていった。
この先、またああいった悪霊が出るかもしれない。一応マジックポーションで回復はしたけれど、あの時のようなことを、またすぐに再現できるかは難しい。
ああ、これ以上変な悪霊とかゴーストとかに出会いませんように! そんな無駄な祈りと共に、静かな道を歩いて行く。
それにしても、地下墓地って言うのに長いよな。そんなことを思わず愚痴ると、蓮さんが「元々墓地ではなかったのかもしれないな」と口にした。
「たしかに、そうかもしれないですね。なんかしっかりした造りで要塞みたいですし。墓地ではないとすると、なんだろう?」
「いえ、偉大な人を祀った場所と言うことも考えられるのではないでしょうか。そのものの場所が荒らされないように、ゴーストやガーディアンがいると」そうスクルドが言う。
「ってことは、俺達はその侵入者ってことになるよね」
俺がそう言うと、蓮さんが口の端で笑い「何を今更」って表情。そう、だよな……まあ、俺達は墓荒らしに来たわけじゃないからな……そこのところは違うし! さっさと目的を達成して、外に出たいもんだ。
でもなあ、道はいつまでも続く。というか、そこまで気にしていなかったのだが、この道は直線ではなく、ちょっとだけ道が曲がっているというか、らせん構造になっている……? 道にも意味があるのかな? まあ、一本道だから迷わずに助かるんだけどね。
と、急に目の前に光が現れた。光だ。地下墓地にふさわしくない光。地下墓地どころか、日中の陽光ともちがう光。眩しすぎる、光。俺はその光に見覚えがあった。蓮さんが大声で「下がれ!」と指示を出す。スクルドはそれに従うが、俺はその場から動けない。
白い長髪に空色の瞳。あの時の人だ。敵意は、ないはずだ。でも、俺がこの場所に来た侵入者で、彼もガーディアンに近い存在だとしたら?
「Ты пришел」
やはり、あの時と同じ音、言葉だ。俺は素早く千のチャイムを取り出す。今度こそこの力を使う番だ。その時、ふと、ルディさんの言葉が頭に浮かんだ。
「でも、注意してください。それは誰かの記憶や思考を盗み、、捻じ曲げ、壊すかもしれない。そして、例えば、アポロがそれをあの天人に使ったとした時に、アポロが壊れてしまう危険もあるのです」
「あくまで可能性の話です。シャーマンや聖職者が神降ろしを使うとき、通常はその術者の技能に応じた神や精霊の力の『一部』を降ろし、行使するのですが、自分の力を見誤る、或いは意図的に強大な存在とつながろうとすると、術者が大きすぎる力に耐えられず、その身を壊す危険性が極めて高いのです」
「秘めたものにその力を使う時、同期するのがアーティファクトであるならばまだいいのですが、それがアポロ達に敵対する存在だとしたら、とても危険です。銅の指輪を渡したアポロに、ライブラリ-が千のチャイムを選ぶのは皮肉ですね……でも、私が言いたいことは、もう伝えました。アポロが自分の力を正しく使えますように。そして、その力が貴方を傷つけることのないように願っています」
目の前にいるのは、光を背負う神々しい存在。恐怖、恐れ、畏怖。チャイムを鳴らす手が固まり動かない。でも、俺がしなければ誰ができるんだ。俺は心を落ち着けるように、ゆっくりと、チャイムを鳴らす。