第二十二章 やるしかないんだ
「分かった。回復したら言ってくれ」と穏やかな声で蓮さんが声をかけた。スクルドは黙って軽く頷き、瞳を閉じる。気丈に振舞っているけれど、やっぱり相当消耗しているってことだよな……
気づけば蓮さんも立ったまま黙って瞳を閉じて、身体を休めているらしい。俺もそれに習おうかな、
そう思った瞬間、妙な寒気がした。
目の前にいるスクルドの周りには、白い靄のような……いや、違う! モンスターだ!
白い靄をよく見ると、そこには骸骨の顔のような物が浮かび上がっている。ゴーストのような敵らしいが……
「スクルド!」と俺が声をかけても、彼女は答えない。しかし、彼女の顔は苦しそうな表情をしていて、明らかに普通の状況じゃない。その靄はこちらを攻撃するような様子はないようだが……いや、このままじゃスクルドが危険だ。
「アポロ。効果が切れているようだ。もう一度光のカーテンを生み出してくれ! 僕じゃこの状況に対応できない! 頼む!」
蓮さんはすさまじい攻撃力を誇るが、補助には向いていない。だとしても、蓮さんが自分では対応できないと言うなんて、事態は深刻だ。俺は「はい!」と返事をして、すぐに太陽の外套の力を解き放つ。
頭上に光のカーテンが出現し、陽光が地下墓地の空間に満ちていく。ふんわりとしたその光は、俺達を優しく包む。
なのに、白い靄は消えず、スクルドの表情も変わらない……?
「スクルド、大丈夫か。もしできるなら返事をしてくれ!」
蓮さんがそう声をかけるが、スクルドは何も答えない。光のカーテンが通用しない悪霊ってどういうことだ? 単純な話で放った光の浄化力が弱いのか? それとも、ゴーストや悪霊の類ではないのか? いや、でも、悪霊にしか見えないし、どうすれば? どうすれば? どうすればいい?
「アポロ、すまない。僕は鳳凰の力を無くしてしまった。彼女に向けて和歌の力を使うのも危険すぎる。何かできることはないか?」
蓮さんの言葉で、俺は我に返った。そうだ、この状況をどうにかできるのは、多分俺しかいないのだ。目の前には苦しむスクルドの姿。人の命がかかっている。考えなきゃ、でも焦っちゃだめだ、でも、何をすればいいんだ、でも、冷静に考え……
馬鹿! 落ち着け。俺は静かに両手を合わせていた。意味なんてない。手の甲にあるのは鷹と太陽。
その時、ジパングでエドガーとした修行を思い出した。狭い空間で、仲間を巻き添えにしないよう、炎をコントロールする特訓だ。
俺は光を操る力は弱いだろうけれど、炎を出すことに関してはそれなりに自信がある。光がきかない相手でも、炎なら……
分からない。正直、悪霊は光がきくという思い込みがある……でも、今の俺ができるのはこれしかない。
「スクルド! 今助けるから絶対に動かないで! 俺を信じて!」
まるで自分に言い聞かせるように、俺は大きな声でそう言った。彼女の返事はないが、動く様子もない。できるできないじゃない。やるんだ!
俺は気持ちを集中して、糸のような炎をイメージする。無数の糸。細い糸を巻き付けるイメージ。強くしなやかで、対象を焼き尽くす糸。練り上げ織り上げ、俺の操るのは炎であり、糸だ。
生まれる、指先に無数の糸が集まっているかのような感覚。その糸を、放つ。それは無数の熱線。糸がスクルドを覆い、邪悪なものを焼き尽くせ!
それは一瞬のことだった。熱を持った俺の指先から放たれた糸たちが、スクルドの周りを覆ったかと思うと、消えた。
「はあっ」と、思わず声が漏れ、身体がよろけ、膝から崩れて地面に手をつく。集中が切れると一気に疲労や倦怠感に襲われる。でも、そんなのに構っている場合じゃないんだ。俺はどうにか気力をふりしぼり、スクルドを見た。目の前に靄は……ない? 続いて目に飛び込んできたのは、スクルドが両手で自分の喉元を抑えていて……
「あ……あ……アポ……ロ?」
それは、確かに彼女の声で、戸惑いのようなものが混じっていたとしても、でも、彼女の声で……
自然と自分のと頬が緩んでいるのが分かる。良かった。本当に良かった。俺は、彼女を救うことができたんだ。スクルドがゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてくる……その代わりに、俺の身体が軽くなって……自分の重さまでなくなった……みたい、で……