第十九章 聖域にいる者
ゴーレムは眼球を頭部に戻し、のっぺらぼうの顔に戻ると、俺達へ喋り出す。
「お前達が相応の貢物を捧げるのならば、この場を通そう」
「相応の貢物って、どういう意味でしょうか?」とスクルドが尋ねた。そうだ。貢物って?
あれ? こいつはガーディアンなんだよな? この場所を守るのがこいつの使命だとすると、おかしいんじゃないのか? 俺にそんな疑問がわいたが、ゴーレムはスクルドの質問に答える。
「お前たち、強力な古代の道具を持っているな。それを置いていくのならば、三人を通してやろう。もし、拒むならば、扉は開かぬ。選べ。帰るか、貢物を捧ぐか」
古代の道具……つまり、アーティファクトってことだよな? なんで、こいつはそれを知ってるんだ? こいつらもアーティファクト反応が分かるってことか?
「……わかりました」
スクルドがそう告げた時、俺は反射的に「えっ!」と声が出ていた。私も載ってつまり、アーティファクトだよな!? 幾ら目的地に行かねばならないとしても、こんな簡単に決断していいものではないだろ
「スクルド、ちょっと話がある!」と俺が相談をしようとしたのだが、彼女はなぜか手のひらを俺に見せて、それを拒んだ。どういうこと……? 彼女なりの考えがあるんだとおもうんだけど……
俺が黙り込んでいると、スクルドはリュックの中から黒く小さな楕円形の物を取り出した。スクルドはそれを蓮さんに手渡す。
「すみませんが、これをあのゴーレムに渡してくれませんか?」
「いいのか?」と蓮さん。スクルドは黙って頷いた。俺はもやもやした気持ちのまま、それを黙ってみつめるしかなかった。蓮さんがゆっくりと近づき、ゴーレムの手にそれを握らせる。ゴーレムはそれを手にすると、身動き一つしない。
「約束です。扉を開けて下さい」
「ならぬ。貢物を捧げよ」
「は? どういうことだよ! 約束を守れよ!!」と、俺が反射的に怒声を上げてしまった。しかしゴーレムはスクルドの物だった黒い球体を握ったまま。動く様子がない。舐めてやがる!
蓮さんが視線でスクルドに問いかけているようだった。スクルドはそれに軽く頷いて返す。彼女は一歩後ろに下がると、落ち着いた声で言う。
「約束を守っていただけないのでしょうか?」
「守る。だが、こんな石ころだけでは足りない。もっと価値のある物を捧げよ」
くー! なんで強欲なゴーレムなんだ。俺の持っているアーティファクトで渡せそうなものは……って選べるわけないじゃん! ちょっとこれは相談しなくちゃいけないよ。スクルドもあんな簡単にアーティファクトを渡すなんて、うかつだったんじゃないのか。でも今更それを責めるのもな。多分、彼女が一番この先に向かう意志が強いはずだし……
俺がそんなことを考えていると、奇妙な重低音があたりに響いた。反射的に音の方を見ると、ゴーレムの身体が真っ黒な球体に包まれた。それはゆっくりと、人の形になる。そこにいたのは大きなゴーレムではなく、俺の背丈位の、まっ黒い石造のようなものに変化していた。
「スクルド……これは?」俺がそう尋ねると、スクルドは大きな息を一つはき、俺の方向を向いた。
「これはマルケスが渡してくれた、彼お手製のアーティファクトで、旅立つ前にくれたんだ。護身用の麻痺爆弾だと教わったんだけど、数時間は身体が硬質化して動けないし、こちらでも動かせないようになるみたい」
そう告げてから、少し顔を曇らせて言葉を続ける。
「私は聖域と言われるような場所に足を踏み入れたり、そこを守るような存在と話したりしたことが何度かある。でも、物を要求する人物何て一人もいなかった。この場所において、私たちは侵入者であり、いてはいけない存在かもしれない。でも、私は前に祭壇へ行かねばならないし、あのゴーレムの行為には疑問ばかり浮かんでしまったし、許せなかった」
「すごいね、スクルド。こんなことできるなんて……」と、口に出しながら、俺は彼女の好意少しだけ驚いてもいた。彼女だって遊びで来ているわけではない。自分の使命に導かれてこの場に来た。試験は受けていなくても、冒険者なんだ。外敵には相応の対応をするんだ。
俺が何を言ったらいいか言葉を探していると、スクルドは困ったような顔で少しだけ微笑み「でも、扉を開く手段を探さなきゃね」
俺が半笑いで周囲を見回すと、蓮さんが扉の前に移動しているのに気が付いた。蓮さんは長い腕を伸ばし、扉を手の甲でこつこつ、と何度か叩く。何かを調べているのかと思った次の瞬間に、轟音と衝撃。思わず身体が震える。扉だったものは瓦礫になって寝そべっており、そこには大穴が開いていた。
「れ、蓮さん! いったい何を……? 爆弾を持っていたなら言ってもらえたら……」
「素手だ。思ったよりずっと脆くて助かった。先へ行こう」