第十八章 異様なゴーレム
恥ずかしさを隠すように、俺は少し俯き加減で、黙って二人の後をついて行く。幸いなことに、魔物の気配はないようだ。闇葉の地下墓地、だなんて大層な名前の場所だというのに、魔物も仕掛けらしきものにも出会わないのは少し拍子抜けだ。
壁画のエリアを抜けると、壁はただの灰色のレンガへと戻り、やはり城砦の中を歩いている気分になる。
気をぬかないように、とはおもいつつ、戦闘にいるのが蓮さんだからか、どこか気が楽だ。一人きりだと無駄に緊張しすぎて消耗していた。やっぱりパーティというのはいいなあ。
なんて思いがよぎると、蓮さんの足が止まっていた。スクルドが「あ」と小さな声をもらしていた。
「どうしたの?」
俺の質問に答えるように、スクルドのライトの魔法が前方を照らしていた。
そこにあったのは、巨大な石で作られた大きな扉らしきもの。しかし問題はその隣にいる、高さ四メートル近くはありそうな石巨人の存在だった。
のっぺらぼうの顔に、筋骨隆々の身体。全身が白と黒のマーブル模様の岩で作られていて、不気味な魅力を放っている。ストーンゴーレムというか、この地のガーディアンのような雰囲気だ。魔力反応は……ある! というか、あきらかに怪しい。
「アポロ、スクルド。目の前の物体と話はできそうかな?」
俺とスクルドは顔を見合わせる。すると蓮さんは「僕が合図するまで動かないで」と告げ、数歩、ゴーレムに近寄る。
「僕らはこの先にいかなければならないんだ。邪魔しないでくれるか?」
うーん、魔力反応があるとはいえ、ゴーレムに普通の人間の言葉が通じるかなあ。なんて思っていた。が、
「……ならぬ」
と低い声があたりに響いた。俺は身構えてしまうが、蓮さんはいつもの態度を崩さずに言葉を続ける。
「そうか。でも、僕らはこの先に用がある。君の忠告を無視しても進むつもりだ」
「ならぬ。この先には神聖なる祭壇がある。そこには選ばれたもののみが、立ち入ることを許されている。邪悪なる者よ、帰れ」
神聖なる祭壇……! それって預言の内容と一致するよな! 闇葉の地下墓地という名前なのに、聖なる祭壇があるというのはなんだかひっかかるけど、でも、この先に目的地があるんだ。それを聞いたらなおのこと、進まずにはいられない。
「この先に目的地がある。悪いが邪魔されだとしても、僕らは進む」
蓮さんはそう言い切った。すると、ゴーレムの頭部に巨大な目玉が一つ現れた。長身の蓮さんの、手のひらを広げたよりも大きそうな、眼球の出現。それは蓮さんを凝視していたようだ。
まさか、その眼球に何かの攻撃手段があるのか?
いや、早まるな。蓮さんの指示があってから動くべきだ。俺が余計なことをして、蓮さんをフォローに回らせるわけにはいかない。いや、太陽の外套で光のカーテンの防壁を発動すべきか?
俺が何かすべきか、蓮さんの指示を待つべきか、迷っているその瞬間、先程よりも低い声がゴーレムから発せられた。
「特にお前は駄目だ。邪なる侍よ。早々にこの地から去れ」
その言葉は明らかに蓮さんに向けられていた。そういえば天使の里も蓮さんは入れなかったっけ。こういったできごとがあるとさ、なんで蓮さんがって理不尽な思いに囚われてしまう。蓮さんが「悪」なのかよって。お前らが蓮さんの何を知っているんだって。
でも、やはり蓮さんは動じずに言葉を続ける。
「つまり、アポロとスクルドの二人ならば通してくれるのか?」
え、この先を二人で? 否が応でも、太陽の祭壇に俺とアイシャの二人で向かったことを想起してしまう。あの時は非常事態だったこともあったが、同時に世間も知らなかった。今ならわかるんだ。二人で旅をする、誰かを守って目的を果たす、その重みに。
俺の力だけで、スクルドを守れるだろうか?
いや、守らねばならないんだ。そう、俺は強く覚悟を決める。それに呼応するように、ゴーレムは口を開いた。
「ならぬ。よそ者がこの先へ進むことはかなわぬ。帰れ」
え? 何だよ! どっちにしろ駄目なのかよ! 拍子抜けしたような、ほっとしたような、落胆したような、色んな感情が俺の中で生まれては消える。
「了解した」と蓮さんが口にした。そして一歩あとずさり、言葉を続けた。
「粉砕して、前に進むしかないようだ」と低い声で口にすると、幾分激しさのある声で蓮さんが言った。
「アポロは防壁を展開。スクルドはその後ろに回ってくれ。お前は、死ね」
俺が反射的に太陽の外套に魔力を込めるのと、同時にぞっとするような蓮さんの気迫を感じる。邪なる侍。その言葉の意味。それが危険な存在と言う意味なら、ゴーレムの言っていることは正しいのだと、肌で感じてしまうのだ。
「待て。早まるな。とりあえず刀を収めよ」
「え?」
俺は思わず声に出してしまった。ガーディアンらしきゴーレムが命乞い? 交渉? 聞いたことがないというか、そういうことをするものなのか……手から光の力は消え、スクルドが小声で「不思議な……人だね……」と呟いているのが耳に入った。確かに不思議というか異様だ……