第二章 大陸一最強悪名高き勇者様
「お前が向いているのは、魔法使いだ。それも古代魔術、と出ている」
一瞬思考が停止した。意味が分からない。とにかく俺はかみつくように質問をする。
「え? 普通魔法使いって、小さい、ガキの頃から自分の能力に気づいて力を使えますよね。簡単な火を出すとか風を操るとか、水を生み出すとか。俺何も出来ませんよ。これって才能も魔力もないってことですよね? これ、間違いでは?」
「間違いなんかではない。いいか、眠った才能というものは色んな人にある。魔法スクールに通ってきちんとした指導を受ければ、お前の才能も開花するはずだ」
「いえ、魔法スクールに通うようなお金なんてないです。俺はそれ以前に共通語の読み書きも怪しいんですよ。普通の学校だって行ってるわけないし、そんな人間が魔法使いだなんて、馬鹿馬鹿しい話ですよ」
「魔導書はあくまで補助的な物だ。才能で魔法を使う人間もいる。魔法使いの中にも、瞑想は我らが共通するものではあるが、歌や機械などの力を触媒にして力を発揮する者もいるという」
「いや、あの、説明になってなくて」と俺の言葉にかぶせて彼女は俺に無理やりリングをはめさせ、強い口調で、言う。
「これを見てみなさい! お前の能力値を数値化したものだ。本来は、他人からはリングを使って見られないのだが、わしは検査官であるからな」
と、彼女が言いながらリングに触れると、目の前に何かの表示が半透明に浮かび上がる。
「これがお前の能力だ。体力も筋力も戦士としては失格だ。他の能力も水準以下ばかりだ。でも、魔力だけは中々のものだ。お前が冒険者として生きたければ、魔力をいかさねばならない。違うか?」
言葉につまる。そして、自分にはめられているギルドリングらしきものが、俺に残酷な事実をつきつける。何も言えないでいる俺に、老女は若干優しい声になり、
「しかしな、古代魔術師というのはなりたくてなれるものではないぞ。それこそ生まれ持った才能がなければ、どんなに努力してもかなわないものだ」
「あ、はい、それで、ですけど、肝心の古代魔術師って、何ですか?」
俺の素朴な疑問に、その博識そうなおばあさんは言葉につまったかのように見えたが、先程と同じ口調で話す。
「文字通り、古代の遺産、アーティファクトを正常に起動する力を持つ者であったり、古代の遺物を触媒として、魔法を使えるのが古代魔術師だな。まあ、本当に珍しい素質でもあるし、アーティファクトについても謎が多い上に、所持している人間も一握りだからなあ」
「え、てことはですよ。俺じゃなくても、古代のすごいアイテムとか滅多に手に入らないわけで。俺は魔法の使えない魔法使いとして生きなければならないんですか?」
「まあ、そういうことになるか。その代わりと言っては何だが、気づいているかもしれないが、お前の指にはまってるのは、ギルドリングだ。試験は合格だよ」
拍子抜けした。ギルドリングにそっと触れると、俺の職業欄には古代魔術師と投影されて見える。本当に俺は古代魔術師として生きるのか? 魔法が使えないのに? 魔法が使えない魔法使いに誰が仕事を頼むんだ? 誰がパーティを組んでくれるんだ?
そんな俺の、黙って動揺する姿に、また、穏やかな声がかかる。
「こらこら、そう落ち込むな。この診断だけで試験をパスできるのは、それだけ珍しい、ギルドにとっても価値のある、一握りの職業だけなんだ。例えば他には、神様の信託を聞くゴッド・シャーマン、動物への変身、獣化が出来る獣戦士とかな。だからお前もそう気に病むな。最初こそ苦労するかもしれないが、花咲く機会があれば、歴史に名を残すことができるぞ。あ、そうそう、これが冒険者の手引きだから。もうお前は立派な冒険者だ。先を悲観せず頑張りなさい」
「はい、頑張ります」と先を悲観しまくった返事をして、結構厚い冊子を手にギルドの外にある、冒険者が集まるベンチに腰を下ろし、文字通り頭を抱えた。
正直、アーティファクトを使えるなんて、胸の奥が熱くなったのも事実だ。でも、今までの俺の戦士になる為の筋トレやら修業は何だったんだ。リングの検査で、俺は平均以下で水準に満たないとまで言われたら、俺の年齢とかではなく、本当に俺は戦士に向いてないかもしれないことが分かる。
ただ、当たり前だが数値化できないものも沢山ある。昔酒場で冒険者の人に聞いたけれど、例えば何かの武術を習得していても、それはリングに反映されない。的確に相手の急所をつく力やその場での冷静な判断力だってそうだ。筋力、知力、という項目があるけれど、それらは単純に力の強さや魔法の効果を示すものだったりするらしい。
でも、知らない人からすると、その数値を参考にするしかない。相手だって冒険なら命がかかってるし、雇う方ならお金がかかっているのだ。
あー! もう、これ以上考えてもしょうがない。こんな所でしょげてたって、しょうがない。俺はダメもとで、ギルドの人に場所を聞いて魔法スクールに見学に行くことにした。
この大きな、雑多で色々な建物のあるシェブーストの街の中でも、かなり綺麗で、高級感のある白いレンガの建物がそこにはあった。建物を行き来する人も、平服だったり、明らかに華美な、高価そうな服を着ている人だったり、明らかに俺とは場違いで、入るのをためらったが、恥なんていくらでもかいてるんだ、もう、行くしかない。
ああ、ガラクタウン育ちで、さすがにこんなに綺麗な空間にいる自分が恥ずかしい、謝りたくなってくる。何だか良く分かんないけど、ここにある全てが清潔で綺麗な物に見える。
少し長い道の先の扉を開くと、穏やかに談笑する人々と、ギルドと同じように受付がある、でも、ここの受付のお姉さんは凄く、なんというか、清楚で綺麗で、まずい、恥ずかしい。いや、恥ずかしいんだけど! 恥ずかしがってんな馬鹿! 俺! 少し、うつむき加減で、俺は少し早口でまくしたてる。
「突然すみません、俺、ギルドで適性診断を受けたら、古代魔術師とかいうのになって、自分でもほんと、わけ分からないんですよ。俺、これまで戦士になるつもりで、いたから、一応魔力の値は高いみたいですが、普通魔法の素質がある人は赤ちゃん位でも使えたりするみたいで、自分はこの年になっても全然そんなことはなくて、どうしたらいいのかなあって」
「でしたら、やはり当校での受講がいいと思います。標準の二年コースもありますが、最短だと半年の夜間コースもありますね。分割でのお支払いも承っております」
と、お姉さんがすらすらと説明をしてくれて、料金表の紙を見せてくれると、また、俺は固まった。最低の半年コースのお金を稼ぐためには、俺は、一年以上働く必要がある。もちろん食べ物や寝る場所の代金を除いて。もしかしたら物価が高いこの街で働けばちょっとは給料もいいかもしれないが、分からないけれど、そこまでいい、とも思えない。
下手したら形になるか分からない、半年コースの金を稼ぐ為にこの街で二年アルバイトと思うと、さすがに心が折れた。そんな俺を察したのか、お姉さんは変わらず優しい声で、
「そうですね、まずは当校を知ってもらって、それから判断していただくのもよろしいかなと思います。丁度今日は一日見学会の日なので、途中になってしまいますが、よろしかったら、ご案内いたしますよ」
その申し出はすごくありがたく、多分俺はこの学校に通うことはないだろうけれど、魔法のことは知っておきたかった。
お姉さんの案内で、俺は大きな教室に座った。頭のはげた男が何やら喋っているが、所々聞き取りづらい。ただ、瞑想は夜か早朝、何度も自分の精神を鍛え、魔法を使うイメージを掴むこと、というような言葉はなるほどなあと思った。剣を振るうように、魔法も繰り返し、何度も同じことをして自分の物になるらしい。
見学に来ている人達も、身なりの良い人がほとんどだった。でも、今はあまり気にならなくなってきた。先生が「簡単な実技があるから実技棟に移動します」と行って、みんなぞろぞろ移動をする。
その実技棟というのは、おそらく魔術をする為の広いスペースらしく、こういうのを見ていくと、確かに高額の授業料もかかるよなあと思う。
そこで先生は小さなスティックを全員に配り、全員少し離れて、今日言ったことを元に、杖の先から炎を出してみよう、と口にした。
しばらくすると、次々と杖の先に小さな火がともる。それを横目に今日聞いたこととか、途中から来たし、元々できないし分からないよ、と思いながら、俺はぼんやりと詩人さんが話してくれた、アポロの神話を思う。イタズラ好きで、かっこいい、俺のヒーロー、アポロ
轟音がした。俺の杖の先から、勢いよく炎が噴き出して、天井を焦がしていて、俺は手を離すことも炎を止めることもできなくて、ただ、焦りだけが身体を支配していて、
水、のような霧のような物が降り注ぎ、俺の炎は跡形もなく消えた。ただ、天井には確かに、少し焦げた跡が残っている。俺はほっとして、大きなため息をついた。
「魔法をうまくコントロールできないと、ああいった状況に陥ります。それを防ぐためにも、毎日の瞑想と、初心者の方は、やはり当校でしっかりと魔法の基礎から学んで、冒険や研究の時に困らないようにしたいですね。では、そのスティックは差し上げます。皆さんは先に今さっきいた教室に戻っていて下さい。君は、ちょっとだけここに残っていて下さい」
みんながちらちらと俺を見ながら移動をして、俺はまさか天井を直すのに弁償しなくちゃなの? とか悪い考えしか浮かばずに、全員がはけて二人きりになると、先生は俺に向き合い、
「君は、失礼だが別にそこそこレベルの高い冒険者というわけではないだろう。それで、今まで魔法の修行をしてきたことは? 初めて魔法を使ったのは何歳位でどういう物だった?」
その優しい対応に、俺は緊張がほぐれ、これまでのいきさつをぽつぽつと話し始めることが出来た。
「そうか、それは自分でも驚いたろう、だがな、今のは強力な炎の魔法に見えるが、暴発に限りなく近い。自分でコントロール出来ないならなおさらそうだ。今は私がいたから良かった。でも、これが戦闘の最中だったり、今日の授業でも、スティックの先が誰かに向いていたら、大惨事だ」
「はいすみません」としか言いようがない。本当に事故にならず良かった。
「先程話を聞くと、うちで学んでもらうのは経済的に難しいという。ただ、古代魔術師については本校では十分なサポートができない。もちろん魔術の基礎の部分は一緒だが、未知数な部分が多いのと、アーティファクトの研究はどこでもまだ十分とはいえない」
と、先生は一度話を切って、俺の肩に手を置く。
「私はね、君の才能をかっているんだ。古代魔術師というだけではなく、暴発だとしても、ちゃんとコントロールできるようになり、多くの魔術を習得すれば、君はかなり優秀な魔術師になる。君は、才能と可能性の塊なんだ。頑張りなさい。うちでも、いつでも歓迎するからね」
そう言って歩き出していく後姿を見送る。僕はそのままこのスクールを出た。
多分、こんなに褒められたのは、冒険者として、自分の才能を認められたのは初めてだった。今までは人に馬鹿にされたるばかりの人生だったから、褒められるのに慣れてない俺。でも、それはやっぱり、嬉しかったんだ。
でも、今のままではそのせっかくの能力を生かせない。スタートラインに立つだけなのに、俺はまた何年も必要なのか? しかも、この古代魔術師というものは冒険で必要とされるものなのか? 研究者とか向きの能力じゃないのか?
悩みや疑問は幾らでもふくれ上がり、俺は気が付けば町外れの、人気のない川辺についていて、腰を下ろす。疲れた、もう、どうしようもない、そう思いつつも、俺は握ったままのスティックに力を込める。
炎よ、空を焦がせ、この腐った思いも焼き尽くせ!
しかし、スティックの先からは何も出ない。俺は焦って、意地になって、もっと強い思いを込めてスティックを握り念じ、炎が出るイメージをする。しかし、何も出ることはなかった。
思い切り腕を振るって、川にスティックを投げ、肩で荒い息をする。暴発か、念じても出ない。魔法使いとしても役に立たないじゃないか。ああ、だからスクールや師匠が必要なのか。でも、そんなのいないよ。いないんだよ。
いい、俺は戦士として生きていけばいい。俺は明日もう一度ギルドに行き直して、適正で決めるのではなく、ちゃんと試験を受けさせてもらって戦士になるんだ、そう決めると、俺は昨日泊まった宿に戻って、余計なことをあまり考えないようにして、ベッドの上で横になる。
甘く見ていたわけでもないのだが、現実はやっぱり厳しかった。俺がいくら説明とお願いをしても、ギルドの人はすでに指輪まではめている俺の申し出をはねのけた。しかも「基本職でしたら、転職も考えさせていただきますが、希少な職業ですと、認められてないんですよ」って、いらないって言ってんじゃんか!! 俺がずっと食い下がっていると、うんざりしてきたのか、職員の人は少し嫌味っぽく言った。
「でしたら、ご自身で筋力の値も上げて、魔法だけではなく剣も使えることを示せばいいと思いますよ。職業診断で魔法剣士という珍しい職業もありますが、そこまでいかなくても、筋力や器用さが優れているなら、まあ、大丈夫だと思いますよ」
この人の言いたいことは、それなりに身に染みた。要は魔術師だって、日々のトレーニングをして力を鍛えれば、剣を習得することだってできる、はずだ。でも、それじゃあ、二流って気がする。
またも落ち込み考え込む俺に、ギルドの人は「ああ! そうそう。君だよね、アポロ君。サイメナイツさんが忘れたって言ってた言ってた」と言いながら、机の引き出しから何かの袋を取り出し、
「これは君が嫌がっていた、珍しい職業の人への補助金だからね。大切に使って下さい」
渡された袋の中には、安宿に半月は泊まれるような金額のお金があった。ちょっとした装備品が買えるような値段ではないかもしれないが、先が不安な俺には、これでも十分過ぎる金額だった。
俺は素直に「ありがとうございます」と頭を下げて、とりあえずリュックの側面にひもでくくりつけた。問題は解決していないけれど、現金な物で、お金が入り考える余裕が出来ると、俺も冷静になって来て、日々の瞑想もトレーニングに入れながら、アルバイトを探すなり、簡単なクエストをこなすなりしようと、前向きな気持ちになっていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
背の小さい、白い肌の軽装な男。彼はニヤニヤしながら俺の肩に手を置いて言う。
「いやあ、こっちまで聞こえてきたけど災難だったねえ。でも、僕も狩人志望で、診断で慣れたのはシーフでねえ。まいっちゃうよね。ところでさあ、後の二人は宿にいるんだけど、良かったら、一緒にクエストに参加してくれない? ルードの泉の水を運ぶ簡単なクエストだから、初めてだとしても問題ないと思うし、どうかな?」
俺は二つ返事でそれに答えた。捨てる神あれば拾う神あり、なんていったら大げさかもしれないけれど、初めてのクエスト、しかも初めてのパーティ、しかも大人の人が俺を誘ってくれたのだ。
嬉しくってたまらず、その人が何か色々喋っているのも頭に入らず、近くのベンチに座ろうと言われて、
「じゃあさ、悪いけどあそこのフルーツジュース、二人分買ってきてくれないかな? もちろんお金は出すよ。しぼりたてでうまいんだこれが」
たしかに近くには小さな屋台があり、何人かそこに並んでいる。俺が「分かりました、ありがとうございます」と銀貨を受け取ると、男の人は「そんな慌てないで、見ててあげるからリュック位置いて行きなよ」
別にリュックを背負う位苦でもなかったが、せっかく言ってもらったのだから、俺はリュックをベンチに下ろして、ジュース屋台の列に並ぶ。五分少々で俺の番になって、二つのジュースを手にベンチまで戻ると、あの人はいなかった。見間違いかな? とも思ったがリュックはそこにあって、トイレにでも行ったのかなあと思ったのだが、リュックの横にひもでくくりつけていた、あの袋が無かった。
歩いていてひもが緩んで落ちるような重さではない。それに、彼はギルドリングで自分のことを教えてくれなかったから、冒険者ですらないのかもしれない。
目の前が真っ暗になってくる。本当に、俺は馬鹿だ。世間知らずの馬鹿野郎だ。お金を盗んだ奴はもちろん憎い。でもそれ以上に、自分自身の間抜けさに腹が立った。
でも、でもさ、俺、初めてのクエストを、大人から誘われて、本当に嬉しかったんだ。冒険者として、頑張れるって思ったんだ。
何だか、でも、これで吹っ切れてしまった。俺は一人で生きるしかない冒険者だ。それに魔力があるから、魔法の品も使える。俺はそのままギルドに戻り、適当な冒険者に魔法ショップの場所を聞いて向かった。
冒険者の必需品といえば色々あるけれど、火打石(野宿とかに必要)かカンテラ。カンテラにも色んな種類や性能の差がある。あと寝袋やロープなんかもあるといい。その中でも個人的に一番魅力的なのは、魔力式コンパスだ。このコンパスは行先を告げると、その方向に矢印が向く。ダンジョン内等では難しいそうだが、街に行くのは、ギルドや一般の魔導士が、皆が道に迷わないよう登録しているので安心だ。
このコンパス、魔力がない人にも使えるが、使い捨てでお値段が高め。だから俺も最初は買い渋っていたが、魔力がある人は自分で充電できるからか、何度も使える上にかなり安価になっている。
俺は店先でそのコンパスを触らせてもらうと、きちんと反応した。魔力式の小型カンテラもそうだ。やったぜ! 魔法は使えないけど魔力はある! いや、何か虚しくなるから止めよう。
そうして、食料等も多少買って、お金はもうかなり無くなった。そして俺はギルドに向かう。
「ええと、ファミリア鉱石の採掘ですね。距離はシェブーストから徒歩でも二日かからない位でしょうが、道中や洞窟で、それなりに強いモンスターの出現が報告されていまして」
そう言って言葉を濁す職員に俺は、
「ですから、俺、古代魔術師で、魔法も色々使えますから、大丈夫です」
いぶかしげな瞳で職員が俺を見る「パーティを作って、行った方がいいと思いますよ。絶対に」
「外で仲間が待っているので」と嘘をつくと、とたんに職員の態度は軟化し、
「いやあ、そうですよね。ここにレベルⅠの貴方が一人で行くなんて自殺行為だ! ダミースライムやオロホーシャドウ、ケインコープスの出現情報もありますからね」
俺は薄い紙きれをもらって、外に出る。彼が口にしたモンスターの名前すら知らない。仲間だってもちろんいない。
ファミリア鉱石と言うのは、鉱石としてはかなり硬度の低い、柔らかい石なのだが、細工が簡単な上に、黄色で輝きが美しく、主にアクセサリーの材料になる。もちろん、状態がいいものを見つければ、結構なお金になる。
他にも色々なクエストを見てみたが、俺ができるバクチの中で一番ましなのが、これだった。いや、本当はこれだって、レベル10以上、三人パーティ以上推奨、らしい。
でも、もうこのままくすぶってるのは嫌だった。馬鹿でいい。死ぬなら、冒険の最中に死ぬって決めてんだ。あ、いや、まあ、敵に会ったら逃げるつもりでいるけれど、そう簡単にいくかは分からない。
あー考えたって仕方ない。俺はファミリア鉱石を持ち帰り売って、一か月でもいいから魔法スクールのレッスンを受ける。それで多少は自分の力に自信をつけたい。
冒険が、したいんだ。
コンパスを起動して洞窟の名を告げると、ちゃんと半透明でほのかに青白い光が、ずっと先を示している。舗装されていないけもの道をとにかく歩く、歩くことには慣れていたからいくら歩いても苦にならないけれど、今後のことを考えて、大体一時間位たったかなあ(腕時計は高級品なのだ)と思ったら、少しだけ水を飲んで、少しだけ休むようにして、それを繰り返す。
運がいいことに、途中スライムにすら合わない道中。しかも、ハリノ手ウサギをしとめることができた。耳が広がっているのが特徴で、温厚で捕まえやすい。肉も臭みが少ない。これは夕食にしよう! なんだ、結構順調じゃないか。
疲れているはずの足取りが少し軽くなる。いや、深く考えると怖いことは山ほどあってきりがないけれど、でも、前を向いていないと倒れてしまいそうな気がしていたんだ。
辺りはすっかり暗くなって、コンパスとカンテラを手に歩いていたが、暗い中歩くのも危険だと思って、野営の準備をする。枯れ木を集めて火打ち石で火をつける。ぼんやりと、その揺らめく炎を見ていると、自分が冒険をしているんだなあと改めて実感してくる。
貧乏暮らしが長いから空腹には強いけれど、やはり仕留めた獲物を丸ごと食べられるのは自然と顔がほころんでしまう。皮をはいで、内臓を取り出すと水筒の水で軽く洗う。それから臭い消しのタイデンの実を肉の中にちらし、表面には塩コショウをまぶし、数分間放置。それからホイルで包んで火の中に。
あーこれにオリーブオイルと玉ねぎとしめじなんてあったら、もう最高なんだよなあ。とか考えつつ、蒸し焼きになったハリノ手ウサギにかぶりつくことを考えていると、何か音がした気がした。
風が吹いて木々がざわめいた音かな、と一瞬思ったが、違った。それは両腕に巨大な鎌を持った、カマキリのようなモンスターで、一瞬で鳥肌がたったが、俺は炎のついた木の棒を何個もでたらめに投げた。そいつはそれを両手の鎌で簡単にバラバラにした。
そいつは一つしかない大きな瞳をぎろりと俺に向け、舌なめずりして「シューーー」と低いうなり声を上げる。
ショートソードよりもずっと大きな鎌。体格も俺よりずっと大きい。戦わなくても実力差というのは十分分かった。もう、俺が出来ることと言ったら、捨て身でぶつかり、奴の心臓に剣を突き刺すこと位だろう。その前に鎌で切りきざまれる確率のほうがずっと高いけれど。
でも、やるしかないのだ、と俺が走り出そうとした瞬間、木の根に足を引っかけて、俺は大きく転倒してしまった。もう、なにをどう考えてもダメだ、と、俺の思考は停止している。と、
悲鳴があった。明らかに人の物ではない、気持ち悪い声。俺はゆっくりと立ち上がると、あの恐ろしいモンスターは倒され、代わりに大剣を手にした、黒い鎧の大男が炎の光に照らされて、不思議そうに俺を見ていた。「お前さ、こんなとこで何やってんの?」
「え? あ、野営中に敵に襲われて、それで、貴方が助けてくれたみたい、です。ありがとうございます」
「つまり、俺はお前の命の恩人ってわけだよな」
「はい、まあ、そういうことになりますが」何だ、嫌な予感しかしないぞ。
「だったら、有り金よこせ。命に比べたら安いもんだろ。俺もさ、カジノですって金欠なんだよ、な、いいだろ?」
この人は一体何を言っているんだと面食らいながらも、俺は自分のこれまでのいきさつをかいつまんで説明する、「つまり、申しわけないのですが、俺も一発逆転の為に鉱山へ向かっていて、手持ちもないんです。ごめんなさい」
そう言って頭を下げたのだが、相手からの反応はない。許してくれないってことか? いや、でもそれはさすがにあんまりじゃないかと思いながら顔を上げてみると、大男は俺が作ったハリノ手ウサギの蒸し焼きに勝手にかぶりついているではないか!
呆れて何も言えないでいると、大男は「あー何だよ、見かけによらずちゃんと味付けしていてうめーじゃねーか、ところでよ、お前はコックなのか? コックがこんな所いるのは危険すぎんぞ」
「だから、俺は古代魔術師だって言ったじゃないですか!」俺がちょっといらついて言い、証拠にギルドリングに触れ、投射してみると、彼は呟くように「古代魔術師」と口にして、腰から何やら小さな小箱を取り出し、俺に渡してきた。
「これ、ちょっと前に手にしたアーティファクト。何の役に立つのか分からねーけど、お前なら分かるってことだよな。ちょっと動かしてみろよ」
ポン、と投げて渡されたそれは汚い小箱に見えた。でも、本当に俺が古代魔術師なら。
俺は軽く、両手で包み込むと、小箱は突然開き、中には二つの天使像が置かれており、何かの美しい曲、そうだ、お金持ちの人の大きな葬式の時に、街で流れた曲のような物が流れ出した。
その美しくもどこか物悲しい曲に聞き入っていると、大男はそれをひったくり、曲は止まる「何だよ、宝石でも入ってるかと思ったら、レクイエム・ソングか? まあ、役たたないこともないが、お前達限定のアイテムとなると俺には無意味だからな。おい、お前名前は」
「へ? 俺はアポロだけど……」
「俺様は、ミハエル・エドガー様。まあ、エドガーって気楽に呼んでもらってもいいんだぜ、荷物持ち兼コック兼古代魔術師君」
にっこりと笑う、短い黒髪の男。彼は片耳にした百合のピアスから、冒険者情報を投射してきた。
瞳も鼻も口も大きく、顎はとがっていて、正直結構かっこいいし、威圧感があって怖い。真っ黒な鎧、背中に大剣を差して、大きなリュックを背負っている。
冒険者にも噂になる者がいる。ガラクタウンみたいな街にでも噂が伝わる者だっている。
冒険者の冊子に書いてあったが、レベル10は一人前でありスタート。色んな仕事をこなせるようになる。でも、レベル20になれる者はとても少ない。
そして同じ敵や依頼をこなし続けても経験値はたまらないし、自分より弱い敵を倒しても、経験値はたまらないようになっている。
つまりレベルが上がれば上がるほど、強敵を倒し続けてきた証となる。だから30レベルなんて本当に一握りだし、すごい戦いを潜り抜けている最中に、命を落としたり引退する者もいるだろう。
それで、この、俺様さんの、ミハエル・エドガーは、レベル68なのだ。数字やギルドリング(ピアス)がおかしいのではない。名門のミハエル家に生まれて、あまりの悪ガキぶりに家を追放されて、しかし持ち前の才能でここまで登りつめた、ドラゴンを一人で同時に二体倒しただの、高級酒場で喧嘩になって店を半分以上破壊しただの、窃盗団の本拠地に一人で乗り込みボコボコにしたけれど、そのネコババした金品について警察とバトルになったとか、嘘か本当か数々の噂を作った通称「悪の勇者様」