第十二章 アリス=テレス
でも、そこもまた、ひんやりとした森の中。ワープしているらしいことは分かるのだが、景色に変化がないとなあ……俺がそんなことをぼやくと、テオははにかみながら「妖精は気まぐれだからね」と微妙にかみ合っていない返事をする。彼女は続けて、
「フェアリーテイルでの移動は、その時彼らが行きたい場所に一定の区間同行させてもらう感じなんだ。ポータルの移動みたいに、特定の場所と場所を結ぶわけじゃない。そうだ、アポロは妖精と会話はできる?」
「会話……なんとなく見えるだけというか、話しかけても、通じているのか通じていないのか……からかわれているような気がするんだ」
「アポロがこれから音楽を愛するようになったら、それか、音楽の神様に愛されるようになったら、妖精はもっとアポロに近い存在になるはずだよ」
そう口にすると、テオは長い足で静かに前へと進んで行く。音楽の神様に愛される、か……。それって、単純な話で、楽器をきちんと演奏できるっていう意味なのだろうか?
そういえば、俺達のパーティの中で楽器が演奏できるのはエドガーだけかな? でも、エドガーの場合はちょっと特殊な例かも。良家の英才教育なのか、エドガー自身の趣味からなのか……というか、エドガーはバードのように呪歌のような特殊スキルではなく、一般の人でも扱える演奏スキルということだろうけれど。
でも、肝心のエドガー様は卵の中。しかも、蘇ったとして、俺に教えてくれる気がしないなあ。音楽の演奏ってのは独学でもできるのだろうか? ハープの弦をつま弾く位なら、就寝前にやってもいいかな?
って、就寝前にうるさい音を立てると周りが迷惑するじゃないか! 一人だって、魔物とかに自分たちの位置を教えてしまうことになるしさ! 時間がある時はアーティファクトや魔法の訓練とかしたいしなあ。ううむ、楽器演奏ができるようになるには、中々難しいものがあるのかも。
そんなことを考えつつも、黙ってテオの後をついて進む。三十分くらい歩き続けただろうか? 木々の間に、エメラルドグリーンの幕というか、とても大きな布らしきものが、ホテルのシーツが干されているように、規則正しく並んでいるのが目に入った。その生地はとても薄いらしかった。風でたなびく無数のそれは、エメラルドグリーンの波の様で、森の緑とはまた違った、幻想的な雰囲気があった。
「ここが僕らの家」
テオはそう口にした。家? どういうことだ? テントってこと? 魔力感知をしても、何も感じないしアーティファクト反応もないけど、この緑の布はどういう素材なんだろう? それに、この布をこんなに多くかける(しかも地面に落ちてない)って、普通のテントを作るよりも大変だと思うんだけれど……
俺の疑問をよそに、テオはエメラルドグリーンの波の中をすいすいと進んで行く。見失わないように、俺は余計なことは後回しにして、彼女を追うことを優先した。
とはいえ、ここは迷宮というわけではなく、ちょっと緑の波をかきわけたら「ここだよ」とテオが告げてくれた。
そこは、魔力反応らしきものがあった。でも、不思議だ……暖かいような冷たいような……光、聖なるエネルギーのような、その反対の力が生じているような……
緑のカーテンの中、テオが俺に紹介してくれたのは、二人の人間だった。二人は木製の大きな椅子に身体を任せ、頭に緑の葉っぱでできた冠をしていた。その冠からは、良い香りがして、生命力あふれる青々とした葉っぱで作られていた。
二人の髪の色は、おそらく、黒と白。でも、二人の頭部のほとんどは、スカイブルーの包帯のような物で覆われていて、奇妙な神々しさのような、痛々しさがあった。洋服も、普通の服らしいのだが、その多くはブルーの包帯に巻かれている。
そして、その身体は、一つだった。一つの身体から、二つの頭が出ている。双頭の巨人というのは神話で聞いた存在だが、双頭の人間というのは始めて聞いた。そもそも、目の前の存在が人間であるかどうかも分からないが。
俺がテオの顔をちらと見ると、彼女は言った。
「ここにいるのが、アリス=テレス。僕らを統べる者にして、僕らを創造し、導くもの。アポロ、君も導きによって、アリス=テレスに出会った。運命に感謝するよ」
テオはそう言うと、右手を胸に当て、俺に向かってゆっくりとお辞儀をした。




