第十章 才能を開花させる者
「え?」
俺は思わず声を上げ、オーラスの顔をじっと見た。その顔からは隠そうともしない、あからさまな嫌悪や疑惑の表情があった。
俺は彼女を見るが、彼女は微笑みをたたえてだんまり。オーラスには彼女が見えていないということか? あれ、でも、ガラクタウンの詩人さんは町の人と話していたよな……ということは、彼女がオーラスと話したくないか、話せない、どちらかが存在を認識できないということなのか? 彼女が身を隠しえているとしたなら、オーラスは危険人物の可能性があるってことか?
「おい、どうしたんだよ。今度は急にぼんやりして。頼むよ。面白いことならいけれど、厄介事は御免だよ。潮時だね。まあ、ここらで失礼するわ」
オーラスはそう口にすると、速足で今来た道を戻っていき、やがて見えなくなる。
よかった、のか? 彼とはなるべく早く別れたかったのだが……俺はもう一度詩人さんを見る。彼女は何事もなかったかのように口を開いた。
「そろそろ行かない?」
「え? いや、はい。ええと、それで、俺は闇葉の地下墓地に向かわねばならなくて……」
「ああ、うん。僕の家から近いよ。行こう」
「は? 地下墓地の近くに家があるんですか?」
思わずそう聞き返してしまったが、彼女は涼しい顔をしている。ダンジョンの近くに家があるって……あ、でも、近くと言っても実際はそれなりに離れているとか? それか、そもそも、その地下墓地がそこまで危険ではないとか?
俺がそのことを尋ねてみると、彼女は小さなため息をついた。
「ねえ、質問ばかり疲れちゃったよ。行こう。急いでるんでしょ?」
「あ、はい……」
そう言った彼女は黒髪をなびかせ、足場の悪い森の中を一定の速さで優雅に歩く。俺もその後を追う。その方向はコンパスから放たれる光と一致していた。
しばらくは、一緒に行っていいって考えてもいいのかな? それにしても、初対面の人を質問攻めにするのはよくなかったな。反省。
あ、初対面の人、ではなく、植物なんだっけ。植物人とかいうことなのか? そういう種族……聞いたことがないけど……それとも、植物の魔力や力を行使する人間という意味なのかな?
あ、だめだ。質問したくなっちゃうけど、こういう質問はしばらく控えなきゃな。俺だって、いきなり飛揚族について詰問されたら警戒すると思うし。
そんなことを考えながら、彼女の背を見る。背筋がぴんとしていて、美しい長髪で、とても画になる。人々を魅了し引き込む、正に詩人って感じだ。ああ、俺が会った詩人さんも似たように凛とした雰囲気も持ち合わせていたっけな。俺は少し歩調を早め、長い足で颯爽と歩く彼女の横に並ぶ。
「そういえば、ご飯食べました? この国の特産品みたいなのって……あ、いや、普段何を食べてるのかなーって……」
おい、俺! やっぱりまた質問しちゃってるぞ!
しかし彼女は嫌な顔をせずに答える「栄養価が高いし、今日の食事は木の実と樹液、油だよ」
「油って……ゼロみたい……ゼロってのは、仲間のアンドロイドで……あっ!」
俺が余計なことを口走っても、彼女は涼しい顔。普通、アンドロイドって聞いたら、驚きの色が顔に出るような気がするんだけれど、気のせいか?
「アポロはどんな楽器を演奏できるの? 落ち着いた場所で時間がとれたら、聞かせて欲しいな」
また、唐突な……って、え? 何で俺が楽器を演奏できるって知ってるんだ? この人は……一体……
ふと、砂漠で出会ったベルチェニコフ=リッチの影がちらついた。不可思議で人を食ったような発言をする謎の存在。でも、彼女からは不思議と悪意と言う物が感じられない。不信感がないとは言えないのだけれど、彼女が俺に危害を加える姿が想像できない。
チャームの魔法や術歌。いや、そう言うのでは、多分ない。その人が持って生まれた、カリスマ、人を惹きつける魅力というのが彼女にはあるのだ。不思議な人だ。
「あの、なんで俺が楽器を使えることを知ってるんですが? 使えるというか、この前、ハープをつまびいたら、なんとなく曲みたいなのがひけた、程度のことしかできないんですけれど……でも、楽器を演奏できるのが分かるって……どうして……」
「だって私たちは才能がある人間の技能を開花させるために、皆でいろんな国を回ってるの。だから大体分かる。教師。兼任」
「教師って、アカデミー? あ、その、俺が合流するはずの仲間の一人は、空中庭園のアカデミーの学生です!」
俺が興奮してそう告げるが、彼女は落ち着いて様子で言う。
「アカデミーじゃないよ。バウハウス。爆音の学校」
「は? 爆音の学校って?」
「楽しいよ。立派ではないけど、震える講義。グルーヴが通じるならば時間を忘れちゃうくらいの」
なんかまた話が分からなくなってきたぞ……グルーヴって何だ? アカデミーほど大きくない学校の先生もしているという認識でいいのかな。それでその学校は、芸術的だかシャーマン的だかに近いノリの講義をしている、で、いいのかな? おそらくだけど、そのことを詳しく説明されても謎が増えるだけな気がする……
先生、か。才能を開花させるために、世界を回っているって、すごく素敵なことではないだろうか? 詩人さんが俺に教えてくれたことや与えてくれたもので、今、俺は旅に出ている。そう思うと、彼女の不思議でやや突飛な発言も不思議とすんなりと受け入れられる気がした。何故だかは分からないけれど、何かしら俺と繋がりのような物を感じるのだった。
「それは、素敵なことですね。ええと、名前は何て呼べばいいんでしたっけ?」
「テオでいいよ。ここにいるのは僕一人だし。テオ=フラ=トス。好きなように並び替えて読んでもいい」
「ありがとう、テオ。」
好きなように呼んでいい名前って、初めて聞いたぞ。まあ、俺の名前だって自分で名付けたというか、太陽神アポロから勝手にいただいたしな。そんなんでもいいのかな。