第五章 謎の男
何かを試みてみたり、変化を期待したり、考えることに疲れて投げやりになったり。そんなことに疲れてしまって、いつしか俺は黙って変化を待っていた。でも、それは訪れようとしない。いつまでも、代り映えがない景色、の、はずだった。
気が付けば、森の中はすっかり暗くなり、周囲を確認することも困難になってきた。本格的な夜が訪れるとしたら、俺は暗闇の中、身動き一つとれないのだということだ。
沸き上がった嫌な考えを振り払う。それでも、目の前に広がる闇からは逃れられない。寒いはずなのに、身体中が汗ばんでいることに気付く。生唾を飲み込む。目の前を凝視する。突然、何かが飛び出してきてもおかしくはないのだ。
物音がした。身体にびくりと、小さな電撃が走った、かのようだ。
音がしたのはいつぶりだ?
……誰かの足音か? しかしそこに明かりはない。明かりが無いということは、蓮さんやスクルドではないはずだ。それを感じているのにも関わらず、俺はたまらずに叫んでいた。
「蓮さん! スクルド! 俺はここだ!!!」
俺が大声を上げる。俺は声を上げた自分自身に少し驚いてしまった。そうか、口は自由なんだ……
でも、マルケスが言っていたように、俺は普通の魔法使いみたいに詠唱で魔法を使うことができない。ああ、歯がゆくて情けなくって、「あああ」と大きな声でため息をついてしまった。
……音が、止んだ。
どうゆうことだ? 俺が声を上げたから警戒したということか? 小動物が移動していただけなのか? それとも強い風がふいただけなのか?
「Ты тот, кто причиняет зло」
「え?」
その言葉は今まで聞いたことがない言葉だった。言葉、なのか? ジパングで和語を聞いた時にもそういう感想を抱いたが、この地でこんな状況で耳にする異国の言葉は、それだけで呪術のような響きで俺の頭に響いた。その響きは、もしかしたらエドガーの歌に多少近いかもしれないが、違う。
だけど、このままではいられない。夢中で、しかし案外冷静に、落ち着いた口調で告げた。
「俺は、捕まってしまった。お願いします。助けて下さい」
「Вы крылатый человек」
会話をしてくれているってことなのか? だとすると、いきなり攻撃されることはなさそうだが……でも、どうすればいいんだ? 何かの言葉を喋れているのに、誰もが喋れるコモンが分からない存在などいるのだろうか?
相手が敵意を持っているのか、警戒しているのか、いまいち判断ができない。あ、でも姿を見せないってことはそういうことだよな。でも、そうしたら何で俺を殺したり攻撃したりしないんだ?
と、いきなり目の前に光が生まれた。あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまうが、恐る恐る開く。これは攻撃や威嚇の為の光ではない。……のか? 目の前の存在は、音もなく光を放っている。それはライトの魔法で部屋中を一気に明るくするような力があった。
ライトの魔法、なのか? 分からない。魔力感知ができないから。
光が生まれたというか、俺の正面には人の姿があり、その人は全身から光を放っていた。光を放つその姿は、神々しさというか、不思議な威厳を身にまとっている。
その男性は白い髪をしていた。しかも長髪で瞳の色は透明に近い空色で、本当に神族かと思うような見た目だ。洋服は、見たことが無い柄の、くすんだ灰色の地味なローブを身にまとっている。
もしかして!
俺は興奮しながらその思いを言葉にしていた「貴方は、飛揚族……ですか?」
しかし相手は答えない。顔色一つ変えない。あ、多分だけど、飛揚族なら翼があるよな……あー何を言えばいいのだろう! 彼は何なんだ? 俺の言葉は通じているのか? 何で攻撃もしないし助けてもくれないんだ?
「Пожалуйста, иди домой」
「え?」