第五十三章 夢と現実
あれ。何だか早く目が覚めてしまった。もしかしたら緊張してるのかな。俺はぼんやりした頭のまま立ち上がると、もやがかかった道をまっすぐ歩いていく。視界は悪いけれど、俺は臆することなく進んで行く。すると、どこかで目にしたような人影が視界に入る。なぜか、その姿は鮮明に俺の瞳に映った。
銀水晶の髪、エメラルドグリーンの瞳。少し優男っぽい甘いマスクに、長身。俺の記憶の中にいる、彼。俺は、胸から下げている緑色の鉤を握ろうとして、それがないことに気付く。
「ゼロ!」俺はそう大声で叫び、彼に駆け寄る。なのに、ゼロとの距離が中々縮まない。ゼロは美しい瞳を俺に向けて言った「来ないで、ください」
「何でだよ、ゼロ! ゼロ!」
俺は問いかけるけれど、返事はない。でも、俺はその行為を止めることなんてできないんだ。翼に力を込め、大地を蹴り、飛び掛かるかのように前進する。
「ゼロ!!」
自分の発した声が頭の中に響いた。俺は上半身だけ起こして、ベッドの上にいた。周りの景色が、俺が夢を見ていたことを教えてくれる。うつむき、手のひらを見て、小さなためいきをついた。
ただの夢だよな。俺には予知夢とか預言を聞くとかの能力はないはずだ。何かに触れて、記憶が蘇るようなことはあるけれど、でも、今はただ寝ているだけだ。だから、これはただの夢だ。
なのに、ゼロに拒否されたのは、胸に刺さる経験だった。ゼロが俺にそんなことをするわけがない。わけがないんだ。ああ、もう!
俺は立ち上がり、洗面所に向かう。そこで顔を洗うと少しだけ気持ちが落ち着いてくる。これから新しい旅が始まる。エドガーがいないし、スクルドのフォローもしなくちゃいけない。しっかりしなくちゃ。
気持ちを切り替え、部屋に戻ろうとすると、廊下でスクルドに出会った。でも、彼女はいつもの制服ではない姿をしている。地味な色合いだけれど、実用的な革のドレス姿の彼女。
「あれ、その恰好……」
「これは姉様が昔着ていた服を、少しお直ししたの」
そう言って、スクルドは軽く微笑んでみせる。
「そっか。動きやすそうでいいね」
すると、彼女は真顔になって俺に言葉を返した。
「うん。よろしくお願いします」
スクルドはそう言いながら頭を下げた。俺はちょっと驚きながらも困惑してしまい、少しぎこちなく「もっと肩の力を抜いてよ」と告げた。
スクルドは少し笑みを浮かべて小さく頷くと、無言でどこかへと歩き出した。俺はそれを見送り、部屋へと戻る。
色々と考えが巡る。でも、それは止めることにした。目の前の出来事を超えていったなら、きっと、俺のやりたいことに近づく。万全の体調で新しい地に降り立てるように、そう思いながら、俺はベッドにもう一度身体を任せた。