第四十七章 スフートの生い茂る亜寒帯、ロ・キュイジヌ
「そんな顔しなくてもいいだろ」と蓮さんが困ったような、ふざけているように口にするけれど、俺は慌てて「そんなことないです!」と返した。蓮さんは苦笑いのまま言う、
「喜撰殿が出てきたのは予想外だった。本当は八咫鏡が欲しかったし、あの場で、僕は正気とはいえなかった。そのことは自覚してる。そして、実力に差があることを肌で感じながらも、あの男の首を狙っていた。でも、結果的には喜撰殿の登場でことがうまく運んだ」
その言葉で、あの、強大な存在、四式朱華との対面を想起してしまう。全身に鳥肌が立つ。正直、また会うなんて考えられなかった。
それにしても、蓮さんの朱華への思いと言うのは、どういうものなのだろうか。どうしても殺したい存在。少し思いを巡らせてみるけれど、今の俺には、やっぱり分からないものだった。
「この睡蓮八卦鏡でも、あの天人の力を無効化できるとは思うが、不安が残る。もっともそれを言ったら八咫鏡が有用であるという確証もないのだけれど。ただ、アカデミーに来て、僕らの旅に大きな助けを得ることができたのは確かだ。そうだ、スクルド、セレニア大陸について知っていることがあったら教えてくれないか?」
俺がその言葉でスクルドを見ると、一瞬、驚いたような顔をした気が。でも、彼女は「はい」と軽くうなずき、快くそれに応える。
「セレニア大陸は、ワンタイ諸島の最南端から南へ。船だと十日ほど進んだ場所にある大陸です。私たちの目的地の闇葉の地下墓地はロ・キュイジヌという国に属しています。気候は亜寒帯に分類され、一般的な人間にとっては肌寒く感じるでしょう。その寒さの原因は、ロ・キュイジヌ全土に生い茂るスフートと呼ばれる背の短い植物です。ホッフェン山脈を境にベールゼイムという国になるのですが、そちらにはスフートは生えていないので、地続きではありますが、隣の国は温暖な気候になっています」
「へー。じゃあ今から行くロ・キュイジヌって国だけ寒いんだ。ロ・キュイジヌにはどんな人たちが住んでいるの?」
「ロ・キュイジヌは、シャーマンが多い国として知られています。珍しい植物や鉱物も多いので、商人や学者も集まる国だそうです。ただ、道は舗装されていないですし、街といえるのも首都のカフェットラだけ。よそ者を歓迎しない小さな村が幾つもあるみたいです」
みたいです、と言う口ぶりから、彼女も始めて行く場所ということが分かる。それにしてもこれだけのことをすらすらと言えるのはすごいな。
「ありがとう」と蓮さんが口にして、続いてスクルドの能力について質問をしてきた。そうだな。一緒に旅をするんだから確認をすべきだ。スクルドは一呼吸して、語り出す。
「私は、戦闘に適した能力に乏しいです。一応、初歩的な魔法の多くは使えますし、単純な物ならばアーティファクトも扱えます。私はアカデミーで多くのことを学んできたので、知識面でのサポートはできるかと思います。足手まといにならないようにしていきます。改めて、よろしくお願いいたします」
スクルドはそう言うと頭を下げた。蓮さんが「うん、よろしく」と軽く声をかけ、俺もスクルドに優しく声をかけた。スクルドは明るく「ありがとう」と俺達に返した。
「ところで、このアカデミーがセレニア大陸の上空に到達するのはいつなのかな。出発の日時は決まっているのか?」