第四十五章 闇葉の地下墓地・睡蓮八卦鏡
俺はとりあえず、近くに来たしトカシアの工房に向かうことにした。トカシアが知っているかは分からないけれど、人が多い場所で聞く以外ないだろうし。
そんな考えで工房へと歩を進めると、人の姿が視界に入ってきた。大きな筒状の銅色の部品を持った、体格の良いおじさん、その横で談笑しているのは、和服の……
「蓮さん!」と俺は思わず声を上げていた。蓮さんは、何故か俺を見て黙った。その反応に戸惑うと、蓮さんはいつもの柔らかい微笑を浮かべる。部品を持っおじさんは、立ち止まった蓮さんに「そいじゃあな」と声をかけ、俺の横を通り過ぎて行った。蓮さんはいつものように、俺へ「どうしたのか」と尋ねてくる。
「あ、いや、その……お元気ですか?」と、俺はしどろもどろに答えてしまった。それより、今話したいことがあったのに。でも、それは俺が気になっていたことだった。トカシアが言うように大丈夫なはずなんだよな。蓮さんの、腕。
「大分調子が良くなった」と蓮さんは答えた。え、つまり、調子が悪かったってことだよな。俺は、思い切ってそれについて聞いた。蓮さんは少し間を置いてから、いつものように穏やかな口調で語り出す。
「身体のバランスがおかしくなっていたらしい。僕は短期間で鳳凰の加護を失い、和歌の力を得てそれを行使し、さらに腕の力も失った。自分でも多少意識していたが、心身ともに不安定な状態にあった。でも、もう大丈夫だ。トカシアをはじめとしたアカデミーの教授に、適切な処置を受けて、ゆっくり静養させてもらった。これからの僕の、通常時の攻撃が斬撃一辺倒になってしまったのは申し訳ないが、アポロ。期待しているからな」
「え、あっ、はい! 俺、色々なアーティファクトをいただいて……」と俺が先程手にしたアーティファクトの説明をしていると、蓮さんは熱心にそれを聞いてくれる。これからしばらくは、俺と蓮さんとスクルドの三人で過ごすことになるんだよな。
エドガーがいない旅。頼れる前衛の戦士が一人欠けると考えたら、俺の役割も自然と増えるだろう。太陽の外套を使いこなせるようにならなくっちゃな……って! それもそうだけれど、スクルドの話だ。もうすぐアカデミーから出ることになるって、どういうことだろう。蓮さんにそのことを尋ねてみると、あっさり「ああ、そうらしい」という返事が返ってきた。
「え、いつその話を聞いたんですか?」
「朝。朝にスクルドに会った時、彼女がそう言ったんだ」
「後でアポロにもその話をすると言っていた。アポロはその時にはアカデミーの教授に会っていたはずだ。スクルドは早朝預言を受けたそうだ。セレニア大陸の闇葉の地下墓地という場所に向かいたいそうだ。これから直接話はあるだろうが、アポロはどうだ? まだアカデミーにとどまる予定があるか?」
「予定があっても、その、セレニア大陸の闇葉の地下墓地という場所に向かうことになっているんですよね……」
「うーん、どうだろう。あくまでスクルドは僕らの旅の同行者だ。彼女には彼女の旅の目的があるということだ。だからそれに協力するのも悪くない。それに、そこに行くことは、今の僕たちの旅にとって有益かもしれない」
「蓮さんは、闇葉の地下墓地という場所を知っているのですか?」
「知っている、と言えるほど詳しくはないけれど、もしかしたらリッチに近しい存在に会えるかもしれない」
「え、つまりそれって……かなり危険な場所ってことですよね……」
「何をいまさら」と蓮さんは軽く笑った。まあ、そうなんだけどね……リッチがその地下墓地にいるとは限らないけれど、厄介な存在がいるってことだよな……
「あの、蓮さんはリッチかリッチに近い存在に会って何かしたいことがあるんですか? それと、そこにリッチがいるとしたら、俺達が会ったリッチと同じ存在なのでしょうか?」
「同じかどうかは分からない。でも、睡蓮八卦鏡の力を開放するには、闇の力を持つ者の助けがいるんだ。数ヶ月後にリッチに会った時に頼むのもいいが、できたらその前に誰かに頼んでおきたい。生憎と言うか当然と言うか、ここのアカデミーにそういう魔力を持ち合わせている人物はいないそうだ」
「そう、ですか……」と俺は気が抜けた返事をしながら、ぼんやりとその睡蓮八卦鏡という鏡について考えていた。八咫鏡よりかは、劣るというが、正直八咫鏡って物についてもよくわからないんだよね。
「それは、アーテイファクトではないはずですが、魔道具の一種ですよね。魔力がある俺が持った方がいいですかね? そしたら、使い方とか教えてもらえたら……」
「いや、これは僕だけが持つべきだ。万が一、ということもある」
即座に蓮さんがそう口にすると、それ以上突っ込んだ質問をすることはできなかった。
「とにかく、彼女に会って、みんなで話をする方がいいな」蓮さんの言葉に従い、俺もルディさんの館に向かい、歩き出して行く。