第四十三章 千のチャイム
そうして少し話そうかとしたら、ルディさんの手元に光が集まる。あれ、と思い俺は黙ってその場で言葉を待つが、ルディさんは片手に光を乗せて黙り込んだまま。俺は彼女の名前を呼ぶと、ルディさんは俺を見て、しかし黙ったままだった。どういうことだろう。俺が不安に襲われてあれこれと考えてしまうと、やっと彼女は口を開いてくれる。
「すみません。このアーティファクトも、持って行って下さい」
彼女はそう言うとゆっくりとこちらに近づいてきた。そしてその光は、小さな、透明な鈴の形になっていた。渡されたそれを手に取る。光を反射して輝くそれは、不思議な輝きをたたえていた。
「これは……」
「千のチャイムです」
「千のチャイム? これ、振ればいいんですか」と俺が鳴らそうとするのを、ルディさんが手で止めた。
「ごめんなさい。まず、説明をさせ下さい」
その神妙な顔つきに、俺は黙ってうなずく。ルディさんも軽くうなずき、少しだけ微笑み、また、真顔になる。
「これは、私には扱えないアーティファクトです。でも、その力は説明できます。このチャイムを対象に同調、同化することを意識して鳴らすと、その相手の言語が分かると言われています。ここに来る前にジパングを訪れたと聞きました。そのチャイムをゆっくりと、リズムよく鳴らすならば、その間は和語を理解できて、会話も可能になるでしょう」
「そうですか。それは便利ですね。あ、でも、ジパングで実際に使っていたら壊されていたかもしれないですけれど……これって耐久性があるんですか?」
「それは、分からないです。ごめんなさい。そして、もう一つ。このチャイムには相手の思考を覗く、介入する力があります」
「え」と思わず声に出してしまった。ルディさんは話を続ける。
「リーディングの魔法のとても強力な物だと考えてもらえばいいでしょうか」
「ええと、すみません! リーディングってなんでしたっけ?」
「元々は幻、魔、心の領域の魔術で、コモンの魔術として魔力を持つ者ならば、だれでも使える能力です。魔力感知という呼び方もありますね。そこに魔力のある『何か』を感じる、読み取る力です。しかし、コモン、共通魔法のそれとは違い、幻、魔、心の領域の魔法に秀でた者がそれを使うとき、相手の心を読み取ったり、残された執念を見える形に再構成したり、古い魔文字を解読したりできるのです」
「それは便利ですね」と俺が何も考えずにそう口にすると、ルディさんは静かに「はい」と言って、少し間を置いて話を続ける。
「しかし、これはアーティファクト。誰かの心を、どこかに残された不可思議な記憶や歴史を蘇らせ、介入する力を秘めている物です。相手との対話に利用することができますが、同時に時間の領域の高度な魔法に近い力を持っているといえるでしょう。千のチャイムはこの先必ず役に立つと思います。でも、注意してください。それは誰かの記憶や思考を盗み、、捻じ曲げ、壊すかもしれない。そして、例えば、アポロがそれをあの天人に使ったとした時に、アポロが壊れてしまう危険もあるのです」
「俺が、壊れる?」
「あくまで可能性の話です。シャーマンや聖職者が神降ろしを使うとき、通常はその術者の技能に応じた神や精霊の力の『一部』を降ろし、行使するのですが、自分の力を見誤る、或いは意図的に強大な存在とつながろうとすると、術者が大きすぎる力に耐えられず、その身を壊す危険性が極めて高いのです」
「それって、俺が同期した時みたいな……」
「そうです。秘めたものにその力を使う時、同期するのがアーティファクトであるならばまだいいのですが、それがアポロ達に敵対する存在だとしたら、とても危険です。銅の指輪を渡したアポロに、ライブラリ-が千のチャイムを選ぶのは皮肉ですね……でも、私が言いたいことは、もう伝えました。アポロが自分の力を正しく使えますように。そして、その力が貴方を傷つけることのないように願っています。」
ルディさんはそう言うと、俺に微笑む。そうか。そうだよな。俺ってなんとなくでアーティファクトを色々使っていたけれど、アーテイファクトに詳しいルディさんだからこそ、その危険性も分かっているんだ。俺は黙って、大きくうなずいた。