第三十七章 彼女の決意
「え!」と思わず声を出してしまった。その言葉を発したのはスクルドで、彼女は真剣な面持ちでエドガーのことを見つめていた。これにはさすがのエドガーも驚いたようで、食事の手を止め、ルディさんに向かって尋ねる。
「これさ、二人の間では話が通ってるのか?」
「いえ、初めて聞きました」とルディさんは穏やかな様子で返した。
ルディさんも初めて聞いたってことは、今、初めてスクルドが僕らの旅への同行を発表したってことだよな。正直、彼女がパーティに加わるなら嬉しいけど、いいのかな? 彼女はアカデミーの三姉妹としての役割があるだろうし、それに今回の旅の目的は、正体不明で恐ろしい存在との対決だ。それを無関係……と言ったら言い方が悪いかもしれないが、あの現場にいなかった、戦闘タイプではない人を巻き込むというのは気が引けるんだけれど……
でも、多分そんなことはスクルドが一番よく分かっているはずだ。会ってからの時間は短いけれど、彼女が冗談や軽い気持ちでこんなことを口にしないこと位分かる。
ただ、俺らのパーティのリーダーはエドガーだ。しかもエドガーがどのくらいの期間かは分からないが、戦闘は勿論、表立った活動はお休みするという。僕はちらとエドガーの顔を見た。エドガーは少し冷たい目をしているような気がした。僕は気が付くと彼への視線をそらしていた。
「平時に、どこかのクエストに同行するとか、何かの頼まれごとなら二つ返事で引き受けてやるよ。でも、そうじゃない。言いたいことが分かるよな」
「分かってます」とスクルドは即答した。すると、エドガーは怒気をはらんだ声で言った。
「分かってねえ!」
隣にいた僕は思わず手にしていたスプーンを落としそうになってしまった。張り詰める緊張感。僕は誰の顔も見ることができず、ただ、スープに浮かぶ野菜を見ることしかできない。
「いいか、このパーティのリーダーは俺だ。そんで、パーティに加わるってのはよ、俺が誰かの命を預かるってことだ。冒険者のやろうとか、どっかの誰かなら、まあ、目的が一致したり力があるならそれでいい。でもお前は違う。死ぬかもしれない旅についてきたいなんて言わせねえぞ」
「無茶で心苦しいお願いをしているのは承知しています。でも、私の力はあと一年で消えるかもしれないのです」
スクルドの言葉は衝撃的だった。エドガーも「どういうことだ?」と驚いた様子でルディさんのに顔を向ける。沈黙を守っていたルディさんは、ゆっくりとその口を開く。
「それは、そうかもしれません」
「そうかもしれないって何だよ! 俺らにも分かるように説明してくれよ!」そうエドガーが声を上げた。
「エドガー。私が死ななければ、連れて行ってくれますか?」
そう口にしたのはスクルドだった。でも、それはエドガーの質問に答えていることにはならないはずだ。エドガーも驚いたような表情で彼女を見ている。そして、少しいぶかしげな顔をして言う。
「どういうことだ? 何を言いたいんだよ。ちゃんと説明してくれ」
「アポロ。分かりますか?」
スクルドがそう口にするのと同時に、気づいた。そうだ、彼女の身体からは強力なアーティファクト反応が出ていた。そう、まるでアイシャのように……
それにしても、自分でアーティファクトの力を制御できるってことなのか? それか、何かを発動した時にだけ、アーティファクトの力が出現してしまうということなのか? ともかく、彼女には何かの、強大な力がある。ただ、その力の波動を感じていた……
俺が何も口に出せないでいたけれど、エドガーはそれを悟ったらしく、わざとらしくため息をつく。
「君たちは、永遠の命を持っているアーティファクトということなのか?」
そう質問をしたのは蓮さんだ。それに答えたのは、スクルドではなくルディさんだった。
「少し、私たちについて説明させていただきます。本当は話すつもりはなかったのですが、仕方ありません。私たち三姉妹は死ぬことがありません。でも、肉体は滅びます。私たちの内誰かの肉体が滅びる時、新しい姉妹を知恵の林檎が選びます」
「あれ? 肉体は滅びる? でも、今スクルドが死なないとか、後一年で力が消えるとか……」話の途中なのに、思わず口に出してしまった。するとスクルドが言う。
「預言があったんです。私の力が消えるということ。そして、その前に私は成すべきことがあるということを。アポロ達がここに来てから、知恵の林檎からその言葉を受け取りました。だから、私は行かねばならない。こんな真似をするのは卑怯だと思っています。でも、どうしても行かねばならないんです」
スクルドの訴えに、胸が痛んだ。自分の力が消えるとは、具体的にどういうことなのだろうか。聞きたいけれど、聞けない。彼女はそのことを伝えてくれるだろうか。とにかく、僕としては一緒に行きたい、けれど……