第三十三章 かけら
「それって……」と俺は思わず口に出してしまった。その先は、とてもじゃないけれど言葉には出せなかった。俺は、口を半開きにしたままトカシアの言葉を待った。すると彼女は眉をしかめる。
「情けないね。聞いた話じゃ、あんたはあの鬼のような男と、随分困難な旅をしてきたそうじゃないか」
「なっ! そんな! 蓮さんは鬼なんかじゃない! それに……俺が驚いたのは……蓮さんの腕が、また、なくなったらって……アイシャが命を懸けて再生したのに……それが……心配で……」
俺は感情に任せて言葉を喋り、彼女から目をそらした。それ以上はもう考えたくなかった。どうしたらいいのか、自分の気持ちをどう整理したらいいのか、分からなかった。壁に掛けてある時計の秒針を、俺はじっと見つめていた。
「腕は大丈夫だ。超再生が起こったとしたら、もうそれは奴の肉体になっている。だが、鳳来蓮の腕からこれを抜き出した」
腕から抜き出す? 戸惑う俺の眼の前に、トカシアは何かを差し出して見せた。それは、丸まった青い金属片だった。丸まり、重なったそれは、花びらにも翼にも見えた。アーティファクト……なのか? そうかもしれないし、違うかもしれない。なんて言ったらいいのだろう。
「アーティファクトの力が、弱い?」
「そうだ。もうこの破片はアーティファクトとしての力を持っていないのかもしれない。しかし、これがその話に出ていた機械仕掛けの天使の核と呼べるものなのかもしれないんだ。心臓や動力部みたいなもんだ。だからあんたが持っていた方がいいと思ったんだよ」
俺は小声で「ありがとうございました」と告げていた。アイシャ……アイシャだったモノ? 俺はしばらくそれを手にしたまま、彼女の存在を感じようとしたが、無理だった。そこからは微弱なアーティファクト反応は感じるものの、ただそれだけだ。これは、部品だ。部品だったものだ
部品だったものだと感じたのに、俺の心は案外冷静だった。いつまでも彼女の死を引きずっているくせに、案外俺は冷静で薄情だ。でも、そういった自分の一面に気づくと、少しだけほっとしていた。俺がぐじぐじ悩んで何かが変わるならいくらでもあがいてやる。でも、彼女は自分の意志で自分の命の形を変えたんだ。
俺はぐっと、手のひらに乗ったそれを握った。金属片。それだけだ。
「そろそろいいかい」とトカシアが俺に声をかけた。すっかり自分の世界に入ってしまったことに気づき「大丈夫」と返した。