第二十三章 ほっとする時間と
「おめーほんとに力のコントロールができねえなあ……」と呆れたようにエドガーが口にした。悔しいがその通りだ。ああ、せっかくの場所をこんな風にしてしまって申し訳ないな……でも、翼が戻ってよかった。これも慣れの問題なのかな……だといいんだけど……
それからしばらくその場でエドガーとぼんやりしていると、スクルドが俺達を呼びに来た。どうやら夕食ができたらしい。
「いいお肉が手に入ったから奮発してみました。どうぞ召し上がれ」とルディさん。彼女の衣服は白地に青と金の刺繍が入っているローブで、品がある美しさだ。
テーブルに並んでいるお皿には、ひらべったくて大きなカツレツ。添え物はフライドポテトと緑の生野菜。シュニッツェルという料理名らしい。やわらかくてジューシーなお肉でとてもおいしい! エドガーなんてお代わりをしていた。
そしてデザートはシュトロイゼルクーヘン。上がそぼろ状のクッキーになっているタルトみたいなので、中には甘ずっぱいベリーが入っている。ジパングの料理よりも、やっぱり俺にはこういう濃い味の料理が合うなあ。でも、シュニッツェルとかシュトロイゼルとかあまり効かない言葉だなあ。ふと、共通教養の言葉の授業が頭に浮かんだ。
『ギフト』と『バベル』かあ。どちらが正しいのかは分からないけれど、こういうのを学ぶのも結構楽しそうだなあ。まあ、今はもっと重要なことがあるんだけれどね。
食後はスクルドに振舞われた紅茶を飲みながら、和やかな談笑の時間。エドガーが穏やかな表情で色んな武勇伝を語り、ルディさんがそれを楽しそうに聞いている。エドガーのこんな表情って中々見ることがないものだ。当たり前だけれど、パーティの仲間って結構一緒にいるけれど、知らないことが沢山あるんだなあ。
俺は早めに席を外し、スクルドに案内してもらって寝室へと急いだ。少し疲れたのと、少しだけ、一人でぼんやりと考え事がしたくなった。
今更だけれど、思えばいろんなことがあったなあ。一年前の俺に今の俺のことを話したって、きっと信じてくれないはずだ。
ジパングでは、自分の無力さと言うのを思い知らされた。分かっているつもりでも、それを突き付けられると、結構きつかった。パーティから置き去りにされることは、やっぱり嫌だ。
蓮さんは、今の眠りを経ていないエドガーより、すごい力を持っている。そしてそれと同等かそれ以上の力を持つ朱華。喜撰だってきっとすごい力を隠し持っているはずだ。本当に世界の終わりとか危機ならば、彼らの問題でもあるはずだけれど、立ち向かうのは俺たちなのだ。
ここに来て、自分の力がまた分からなくなる。俺はアーティファクトを開放する上位の能力を持っているらしい。しかし、その力をうまく扱えるかは別の話しだ。なんだかはがゆいな。明日、ルディさんにその相談をしてみようかな……
ん? なんか声がする……叩かれているような感覚も……俺の視界が開かれると……そこにいたのは、制服姿のマルケス。なんで? 俺が状況を理解できずに彼に質問をすると、マルケスは小さい丸机の上に乗ったトレーを黙って指す。
「スクルドが君のために作ったんだ。早く食べてくれ」
「ああ……うん」と返事をして、小さな机をベッド側に引き寄せる。トレーにはティーポットとカップ。お皿にはベーグルにサーモンのマリネが乗っかってるのと、海老のボイルにサラダレモンの組み合わせ。起きたばかりだって言うのに、お腹がすいてきた! 俺は遠慮せずに、それに手を伸ばす。
うん。おいしい。ゆっくりと味わいたいけれど、なんだか急いでがっついてしまう。空中都市で魚が食べられるなんて、ワンタイ諸島で魚類を仕入れたからかな? それにしても朝から豪華だなあ。紅茶はすこし冷めているけれど、それだけ俺が朝寝坊してるってことだよね……
「あ、スクルドはどうしたの?」
「講義に出た」
そっか。当たり前だよな。わざわざ朝食を用意してくれてありがとう……
「それで、マルケスは?」あの件ですごく怒られているかと思ったんだけど、という言葉を飲み込む。しかし彼は平然と言った。
「謹慎中だが君の世話をすることで減刑になったという所だな。食事がすんだら行こう」
そう言うと、マルケスは小さな椅子に座り、ポケットから取り出した小さな本に目を落とす。相変わらず強引な奴だな……。でも、そこまで怒られなかったってことでいいのかな? 彼が原因とはいえ、俺の力で彼が放校とかになったら嫌だったから、少しほっとしたぞ。
俺はおいしい朝食をたいらげると、身支度を整え、マルケスに声をかける。そして館を出ると、アカデミー内を二人で歩く。俺はマルケスにどこに向かうのか尋ねてみると、マルケスは「すぐにつく」とだけ俺に告げた。
その言葉の通り、俺達がこの空中都市に入ってきた方面の、白い球体の建造物らしきものの前で彼が止まった。そして、手をかざすと、そこに人ひとり通れるくらいの穴があく。俺も臆せずに彼の背を追う、と、不思議なことに中は外観よりもとても広々とした空間だった。
「これは……」と思わず声に出てしまう。そうだ、あの遺跡で強制的に転送させられた空間のような、魔法の力によって出来上がった空間に入り込んだ、ということだろうか?
マルケスはその中央へと歩き出すと、俺を手招きする。俺は注意深くそれに従う。足元にはしっかりと感覚があるし、何か嫌な予感がすることもない。