第二十一章 学園でのアポロ、龍人としてのエドガー
屋敷から出て少し歩くと、カモミールが咲き誇る花畑近くにある、木のベンチに腰を下ろした。「ふう」と息を吐いて、のどかな景色を目に映す。すると意外なことに疲労感に襲われた。何かを考えるよりも、少し休んだほうがいいのかもしれない。
ただ、事態はいい方に向かっているはずだ。というか、ここのアカデミーの人の助力以上の何かがあるとは、今の俺には思いもつかないし。そうだ、飛揚族のことも後で質問しなきゃな……それに、ゼロについても詳しく聞いておかなくっちゃ……
俺がぼんやりと物思いにふけっていると、遠くに人影が見えた。それはこちらに近づき、誰か知らない、アカデミーの美しい女学生らしき人と、エドガーだと気づく。すっかり軽装になっていて、青いシャツに真白なズボンを穿いており、ぱっと見はいい所のお兄ちゃんみたいだ。屋敷に近づくと、エドガーはまたお得意の甘い台詞を告げ、笑顔で女学生に手を振って別れた。
そして、先程の笑顔とは一変、景気の悪そうな顔で俺に一言「何してんだお前?」
ああ……エドガーはどこにいてもエドガーなんだなあ……ある意味すごいというかなんというか……ルディさんとあんなに仲良しなのに、他の綺麗な女性と仲良くなって、さらにルディさんの屋敷まで案内させるとか……
「なーエドガー。エドガーが本当に好きなのは誰なの?」
「は?」とエドガーは間が抜けた顔で言った。そして少し間を置き、大きな声で心底驚いた様子で「はああああ?」と口にした。
「お、お前、何言ってんだ?」
「え? 素直な疑問というか……あまり考えないで言っただけだけど……」
「おめーよー。英雄色を好むって言葉知らねーのかよ。勇者には恋人が沢山いるものだろーが。常識だぜ。誰が一番だなんて野暮な質問するんじゃねーよ、ったく。マジびびったわ。女学生のガキかよ……」
「ん? 一夫多妻制、みたいなこと?」
「ああ、ちょいおしい。いや、ちげーって! 俺は、女の子が、女性が好きなんだよ。ただそれだけだ、バーカ」
それはその通りかもしれない。何を言ったらいいか分からなくなった俺は思わず「それは……才能だよね……」と呟いていた。すると何故かエドガーは満足した様子で俺の隣に腰を下ろした。
「どうよ、ここの生活は」
「え、すごい刺激的というか、うん。楽しい。でも、なんで生活?」
「ちょい聞いただけの話だけど、アポロはここにいる方がいいんじゃねーのかって思って」
一瞬呼吸が止まった。また、エドガーがそのことを口にしたことに背筋が冷えた。でも、エドガーはそのことに気づいてくれたみたく、少し首を曲げ、ちょっと困ったような顔をする。
「別にお前を置いていくって意味じゃねーよ。ただ、やたら教授やらルディがお前の素質について誉めるからよ。お前にとってもいい機会なのかなーなんてな。まー別に今すぐって言ってるわけでもねーし。俺だって、眠りにつかなきゃいけねーかもしれねーしな」
自分のこれからアカデミーの生活なんてものが吹っ飛んでしまった。俺は恐る恐る口に出した。
「エドガー、眠りにつくの?」
エドガーは少し口を閉ざし、そっぽを向いて頭をかいた。
「別に命に係わる話ではねーらしい。龍族の多くが眠りを経て真の力へと近づくものらしいんだ。でもよ、今は時期がわりーなーとか。眠るにしてもよ、正確な期間みたいなのは誰もいえないらしいし……」
「もしかしたら、何年も?」
「いいや、何十年とか何百年」
思わず固まる俺の顔。それをエドガーが半笑いで叩く。
「まーそれは俺みたいな龍人じゃなくて、レヴィンとかみたいな巨大なサファイアドラゴンとかの話らしいがな。まー俺も色々あったしよ。ちょい休養してもいいかなって気もしたし。つーかよ、ここん所、蓮のマジでバケモンみたいな力を見せつけられたらよ、勇者としては黙ってらんねーだろ」
そしてエドガーはわざとらしい大きなためいきをつき、
「ただな。この状況で俺がいつ起きるか分からねー眠りにつくわけにもいかねーしなあ。ほんとめんどくせーな。龍ってのはよー」
俺は何を言ったらいいのか分からなかった。しかしエドガーは先程の沈んだ表情から一転、俺の顔をにやついた顔で見つめて「でもよ、アポロはうまくやってるみたいだな」
「え! そうかな? たしかにアーティファクトの力は開放してしまったけど、それは本来触れてはならない……ええと、知恵の林檎っていう……」
と、なぜか俺は頭を叩かれる「いてっ!」