第二十章 記憶、架空の図書館
「分かるんだよね。分かってるってことだよね……分かるって言い方、変かな。ただ、やはりアポロはこの力を開放できる。知っているかもしれないけれど、この樹はユグドラシルって言うんだ。でも、ここにあるのはユグドラシルの一部でしかない」
俺は、興奮する気持ちを抑えながら、存在してはならない帝國でのリッチとの出来事を、自分が分かる範囲でスクルドに伝えた。彼女は真剣な眼差しで、黙って最後まで俺の話を聞いてくれていた。
「ありがとう。やっぱり大変なことが起こっているんだね。あのね、私達三姉妹は知恵の林檎の言葉を預かる以外にも大切な役目があるんだ。それがユグドラシルの守護と手入れ。ユグドラシルは世界を支える存在。大地のエネルギーであり源であると言ったら分かりやすいかもしれない。そして、そのユグドラシルは、使い方によっては歴史と時空をこじ開ける鍵になるとも言われている」
「歴史と、時空をこじ開ける?」
「……うん。でも、少なくとも私達三姉妹はそれを望んでいないし、その為に選ばれたわけでもない。私たちは大樹を守護し、その果実からの言葉を預かる者だから」
彼女の顔に、ふと、暗い影が差した。スクルドはそれを隠そうとせず、言葉を続ける。
「リッチって言ったよね。もしかしたら、彼はリッチなのかもしれないけれど、それと同時にロキという神であるかもしれない。ロキは私達の間では終わらせる者と呼ばれている存在。そして変化をもたらす存在。誰の敵でも味方でもない、厄介な神様……ただ、気になるのが、ロキが誰かに助けを求めるとか、世界の終わりを防ごうとしているとか……私は実際ロキと対面したことはないけれど、通常なら考えにくいかもしれない……でも、それが実際に起こっている。私は、そのベルチェニコフ=リッチって人と会いたい。ううん、会わなきゃいけない」
何やら強い決意と確信が彼女にはあるようだ。そんな時に悪いと思ったが、俺は「歴史と時空をこじ開ける」という言葉が気になって尋ねてみた。彼女はそれについても答えてくれた。
「この世界の全てを記述した書物が保管されている図書館。バベルの図書館、或いはアレクサンドリア図書館というものがどこかに存在する、存在していたらしいの。今日、実物提示教育という講義を見たよね。マガタ教授の操る幻術と時空術。特に時空術は時を操作するとても高度な魔法なの。それは、さっき口にした図書館に記された書物、歴史に干渉すると言われている」
「そこに干渉すると……どうなるの?」
「歴史が変わる」
「え?」と思わず声が漏れた。急いでスクルドが付け加えた。
「もちろん何でもできるわけじゃない。簡単に歴史が変えられるのならば、世界はその術を使える人のものになってしまう。でも、ユグドラシルの力を鍵として、また他の秘術やアーティファクトを使ってその図書館に干渉できるならば、何か大きな変化が起こってもおかしくはない」
「……それを止めるために、俺達は、そのリッチだかロキだかのアドバイスを受けながら旅をすることになった、ってことなのかな……?」
「そうなのかもね……すぐには言い切れないけれど……ただ、姉さまは他の教授と意見交換をして今回のことについて考えているから、少しだけ時間が必要なんだ。一気に色んな事を話して混乱させちゃったかな。ごめんね」
「いや、謝らなくていいよ。ちょっと、俺、外に出て風にでもあたってくる」
俺がそう告げると、彼女は微笑み「うん、そうだね」と言ってくれた。気になることだらけだけれど、ここには何日かいるはずだ。だったら、今は少し一人でぼんやりする時間が必要なのかなと感じたのだ。