第十九章 スクルドの部屋
「私の部屋って言っても、すぐ近くの小さな部屋なんだ。ここは最初に招待した姉様達の離れの中にある客室。私はアカデミーの寮に部屋があるけれど、ここにも小さな部屋があるの」
そう口にしながら、手際よく俺のティーカップとソーサーをトレーに置き、扉に手をかける。俺は彼女の後について行き、廊下を歩き角を右に曲がると、彼女はそこに鍵を差し込んだ。
「ようこそ。私の部屋に」そう言ってスクルドがはにかんだ。
ペールブルーの壁には白やピンクの花々の画が飾られており、所々には天使の画も舞っている。ガラスの戸棚の中には、色とりどりの宝石や布や液体のような物が、行儀よく並んでいる。中央には飴色の大きな丸テーブルがあり、置かれたコップには小さな赤い花が飾られている。
そして、部屋の隅には薄ピンクの天蓋付きのベッドが……って、俺は慌ててそちらから目をそらした。
「アポロ、どうぞ」
「え? あ! うん!」
スクルドが引いてくれた椅子にどかっと腰を下ろした。はあ、変な意味なんてないのに緊張するぞ……
「アポロ、私ね、リボン集めが趣味なの。たまにね、下手だけど服に縫い付けたりするんだけど、もったいなくて使えなくって、リボンの束が引き出しにいっぱい」と彼女は楽しそうに戸棚を開けてみせた。たしかにそこには品の良いレースやリボン達が色ごとにまとめられている。
俺がしばしぼんやりとそれらを眺めていると、何だか遠慮がちな声がした。
「アポロ、ごめん。退屈だよね、男の子に、急にリボンの話なんかして……」
「いや、そんなことないよ。ただ、その、女の子の部屋に入るのって、初めてだったから、その緊張してしまって……」
なんてことを自分で言ってしまって、何だか恥ずかしくなってきてしまった。俺、苦手だ。嫌いとかじゃなくて、なんだろう、こういう時ってどうすりゃいいんだろうエドガー師匠!
一人どきまぎしていると、彼女の青い瞳と目が合った。俺を覗き込んでいる、美しい海のような瞳。それを見ていると、なぜか俺の心が落ち着いてくる。スクルドは小さな声で言った。
「気を悪くしたらごめんなさい。もしかして、アポロも孤児だったの?」
そうだ、彼女もそうだって言ってたよな。彼女と接していると、生まれつき明るいお嬢様だと感じてしまうけれども、彼女にも俺らガラクタウンの子供たちみたいな時期があったってことだよな……俺は簡単に自分の生い立ちについて説明をした。そして、飛揚族についても少し話してみた。
彼女は少し黙り込んだ後で、戸棚から小さな箱を取り出し、俺の眼の前に置いた。アーティファクトの小箱だ。俺はそれに触れる。
ハープの音がした。初めて聞いたはずなのに、懐かしいようなきがする、心地良い音色。
そして、小さな小箱は樹木の形になっていた。樹木……だよな。光を帯びたそこからは、魔力を感じる。俺の身体を満たしていく、魔力? この樹木の生命力? これは、もしかして!
俺は彼女の顔を見る。スクルドは真剣な顔でゆっくりと頷く。