第十七章 アカデミーとスクルド
しかし、ここに存在するのはアーティファクトの巨大建造物なのだ。
俺の戸惑いをよそに、彼女は言葉を続けた。
「この建造物、アカデミーについてきちんと知っているのは、もしかしたら誰もいないかもしれない。学長ですら、多くを語ろうとしないの。ただ、成り立ちについて少し話すことならできる。この場所の発見者は賢人アンリと言われているの。彼はドゥルーズ大陸の小村の生まれで、優れた古代魔術師。ドゥルーズ大陸のエメーシア国の助力を得て、優秀な人材を育てる施設として運営が始まった、みたい。でも、アンリは誰かに暗殺された。でも、アンリはそれを予言していたらしいの。『知恵の林檎』がそう伝えたんだって。そして知恵の林檎を守り、それに仕える為の人間を選び出していた。そこで適正者として導かれたのが、運命の三姉妹。ウルズ・ヴェルザンディ・スクルド」
「導かれた……? スクルドは……一体……」
「私は孤児だった。名前のない孤児で、私には妹がいて、トール神の寺院に身を寄せていた。けれど、そこで妹は姿を消してしまった。寺院の人に聞いても、誰も何も答えてくれない。私は妹を探す旅に出た。でも、お金も力もない少女の私は、何もできなかった。一人で、知らない森の中で迷子になった。幼心に永い眠りにつくんだって、そう思った。でも、私は選ばれた。森で眠りについていると、この学校の制服を着た人が私を助けてくれた。適正者が見つかったって、言ってくれた。私は彼らに迎えられ、住み居場所や名前をもらった。それが、スクルド。私の新しい名前」
「新しい名前? スクルドは……選ばれた……」
「うん。自分でも驚いてる。私はここのアカデミーが創立されてから、三代目のスクルド。トール神は私と妹を救ってはくれなかった。でも、アカデミーは私を必要としてくれた。それが単に、私が三姉妹の器としての資質だとしても、私はここに居場所がある。そして、私はそれを果たさねばならないの」
「果たさねばならないこと?」俺の質問に彼女ははにかんで、答えてはくれなかった。彼女は少し困ったように視線を少し泳がせると、言葉を続ける。
「そして、その『知恵の林檎』に触れて、アポロは気を失ってしまった。知恵の林檎の預言は、私達三姉妹やそれに準じる者が受け取ることができる。知恵の林檎は、アーティファクト。でも、その力はあまりにも強大なの。私の憶測でしかないけれど、アポロはアーティファクトの力を十分に引き出すことができる。だから、知恵の林檎の力を引き出しそうになってしまった。でもそれはアポロの力に余る行為だったのだと思う。知恵の林檎はこれから起こることを伝える、ううん、そこには、未来・現在・過去の記録が絶えず更新されながら存在しているの。そこにあるのは世界の記憶。もしかしたら、その全てを知った時、人は人でいられなくなってしまうのかもしれない……」
スクルドは少し痛ましそうな顔をして俺に軽く頭を下げた。
「ごめんね、一度にこんな話をしたら混乱して当然だと思う。もう少し、休んでいて。後で姉様たちとちゃんと話す機会も、質問をする機会もあるから……私、何か飲み物を取ってくるね」
そう言い残して、あわただしく彼女はその場を後にした。ぼんやりとした頭でスクルドが話していたことを整理しようとする。全てを知っている、らしいアーティファクト。スクルドの運命? 宿命? とにかく、彼女はここに導かれて、何かをしなければならないようだ。
俺は、どうすればいいのだろう。自分の力が発揮できるはずの、このアーティファクトの都市で、俺はまるで迷子だ。