第十五章 紙の林檎
ともかくこの場所を出て、俺は何故か言葉が少ないマルケスの後を追う。さっきまであんなにお喋りだったのに、何かあったのかな。それとも、彼は気分屋なのだろうか。
「マルケス、どうかした? 俺が何かしたなら謝りたいんだけど」
それに対して彼は「いいや、違う」とそっけない返事。
でも、さっきみたいにすごい熱量でぐいぐい来ていた彼と同一人物とは思えない。やっぱり気分に波がある人なのだろうか。
俺たちは言葉少なく、アカデミーの中を歩く。学術棟を出て、ひたすら直進する。アカデミの入り口でも見た、白い巨大な球体の建物? へ向かっているらしい。
俺の予想通り、マルケスはその壁に触れると、入り口が開いた。俺も続いて中に入る。
「うわ!」
思わず声を上げてしまった。中の景色は先程の学術棟に近い。それを小規模にしたというか、どこかの教室やお屋敷というか。でも異様なのは、壁が白いのに、時折光を帯びた緑色に発光すること。
それだけではなかった。ここにいると俺は自分が自分ではないような気がしてくる。それは嫌な感情ではない。興奮状態が異様に高まって、我を見失いそうというか、先程と同じ感じというか……
「ここは?」と俺が震える声で尋ねた。
「巨大な物置みたいなものだ。普段は講義で使われない場所だ」
その言葉に俺は思わず大きな声で返した。
「物置? 嘘だ! だってここにはこんなに強力な……」
あ、あれ? アーティファクト反応みたいなのが……あったはずなのに……ない? 気が付けば俺の興奮状態も治まっているようだ……あれはいったい何だったのだろう?
マルケスが無言で進んで行くので、俺も黙ってそれに従った。俺達の足音だけがこの不思議な空間で響く。他に誰もいないのだろうか。だが、ここが物置なのだとは、どうしても思えない。何よりマルケスがなんで俺を物置に案内するんだ?
マルケスにそれを質問すると、彼は「忘れ物をしてしまったんだ」という返事。そう、なのか? いまいち分からない。でも、とにかく今は彼について行くしかないしなあ。
俺は意識を集中して、壁に触れてみる。しかしそこから何も感じることはできない。魔力反応はあるみたいだけど、そこにあるのは不思議な発光する壁? でしかないようだ。
マルケスが立ち止った。しかしそこは通路の途中のようだ。しかし彼は壁に手をついて、それから俺の方を向いた。
「すまない。僕の開錠の力では不十分だ。アポロが試してくれないか?」
「え? なんで? だってマルケスが忘れ物をしたんだろ? 俺が触れて開けられるものなのか?」
「いいから、試してみて、無理なら教授に頼むから。一度やってみてくれ」
何だか強引だな……でも、試してみるくらいいか。俺は壁に手を触れ、扉を開くイメージをする。
すると、ポータルを起動した時と似たような感覚が身体の中に走った。そして壁には入り口が出来ていた。マルケスが小声で何か口にした。俺が聞き返すが、彼はさっとその中に入って行った。なんだよー。俺もその後を追う。
その中は、狭い空間だった。ん? この中はあの白い壁とはまた違う材質というか、どこかで見たような雰囲気だ。そう、マジックアイテムショップに近いかもしれない。用途は不明だが、木製らしき棚とガラスケースの中に色んな不思議な形の品物が並べられていて……
「あれ? ここってさ、物置っていうよりも何かの展示室みたいな……」と自分で言っていてようやく気が付いた。俺は大きな声をあげてマルケスに尋ねる。
「マルケス! もしかして、俺の力を使ってどこかの、開けちゃいけない鍵を開けたんじゃないだろうな?」
マルケスは無言で何かを指し示した。指の先にある物。「それ」があることは確認できる。それと同時に「それ」と俺たちの間には見えない壁が生じていることも。
「これは?」
マルケスは答えない。俺はもう一度それを見る。木製の台座の上にある、ガラスケースに入った果実。それはよく見ると細かい紙製の糸で編まれた林檎に見えた。その林檎はその場で静かに動いているようだった。
しかし、そこからアーティファクト反応は感じない……どういうことだ?