第十三章 Show and Tell
「そうだ、今日は実物提示教育の講義があるじゃないか! 行こう。あれこそアカデミーの花形だぞ!」
「え? 何それ」
「行けば分かる」と俺の腕を強引に引き、そのまま引きずられるようにして階段を降る。あわただしくも楽しそうなマルケス。この場所はどうやら地下らしい。俺らは大きな扉の前に立った。
マルケスが片手をかざし、小さく何かを詠唱する。すると、扉に何かの魔力反応が生まれ、消えた。俺は疑問の顔で彼を見ると、涼しい顔で「一応、開錠が必要なんだ。入るぞ」
わざわざ授業用に封印? 鍵? をかけるなんて、何があるって言うんだ? 俺はスクルドをちらりと見ると、彼女もなぜか微笑みを浮かべて言う「うん。気負わなくていいと思う。ちょっとびっくりするかもしれないけど」
うーん、やっぱり中に入ってからのお楽しみってことか。俺はマルケスの後から扉の向こう側に入った。そこは広々とした空間。フォルセティさんの家の演習場とも雰囲気が似ている、耐久性がありそうな石造りらしい壁。
アカデミーの制服を着た学生や教授らしき人たちが、東の壁際に集まっている。俺達はそこに向かうと、一人の学生が何かを手にして、その輪から少し離れた場所に立った。茶髪の彼が手にしているのは、ぬいぐるみの青いゾウ? なんでだ?
彼は一礼すると、この場に不釣り合いな、かわいいぬいぐるみを持ったまま喋り出す。
「錬金学科三年のアメイク・スウです。よろしくお願いします。今回僕が持参したのは、青いゾウのテイラーです。僕の家は貿易商を営んでいて、金銭面では恵まれていましたが、両親との時間は少なかったです。両親は幾つも珍しい贈り物を僕にくれました。その中でも一番気に入っているのが、僕がまだ幼いころ、母が手作りをしてくれたこのテイラーです。幼いころの僕は彼を持ち歩き、頻繁に話しかけました。子供の行為であっても、それを茶化す人はいました。でも物には命や意志が宿る。そのことを僕はなぜか確信していました。そして、今、僕は錬金術師の見習いとしてここにます。そのことを楽しく嬉しく思います。僕にその道を開いてくれたアカデミーに感謝を。そして、ありがとう。テイラー」
彼はそう言うと、ゾウの青いぬいぐるみを高々と掲げた。
すると、高い天井近くに裂け目が生まれ……現れたのは……巨大な青いゾウ!!
いや、あれをゾウと呼んでいいのだろうか? 俺も「ホンモノ」のゾウではなく、図鑑のゾウしか見たことがないけれど、眼球が八つ頭部についており、太い鼻が四本もあるゾウなんて聞いたことがない!
巨大なそのゾウらしきモンスター? は、空間に生じた裂け目からゆっくりと巨体を出し、四本の鼻を鞭のようにしならせながらいなないた。その振動で身体がびりびりと震える。え? これって……モンスター召喚の儀式???
俺がマルケスとシグルドの顔色をうかがうと、彼らは涼しい顔でそれらを見ている。
ゾウは巨大な振動と共に地面に降り立った。うわ、地面が揺れる! 背の高さだけでも四メートルはあうだろうか? なによりその恐ろしい外見に警戒心を抱かずにはいられない。
だが、そのゾウのテイラー君(?)は、四本の鼻で隣にいるご主人様の身体を、締め上げ……いや、撫でている?? まとわりついている……??
普通、危険だったら教授が止めるよな……何なんだ? これは??
俺の混乱をよそに、気が付くと別の学生が、また俺らとは少し離れた場所で一礼をして、手に持っている本を示した。背が高くて長い黒髪で、少したれ目で色っぽい雰囲気の女性。
「時空学科三年のアヌーク・エイメと申します。今回私が持ってきたのは、ご存知の方も多いと思いますが有名な『エンバーワイルドのキノコ』という幼児向けの絵本です。内容は聖なる毒キノコとかいうへんてこで高慢ちきなキノコが、真っ赤な獣に食べられて、最終的に二人は合体するというナンセンスな絵本です。小さい頃は意味も分からずこの話を楽しんでいました。児童向けの絵本ではありますが、炎の赤と南国の緑が対照的な美しさを持っていて、絵を見るだけでも楽しめます」
と、彼女は絵本のページを開いて見せると、その瞬間絵本から何か真っ白い巨大な光の柱みたいなのが、この空間の中に幾つも出現してくる!
しかも何本も出現したそれは周りに白い霧状の物質を噴射して、危険を感じた俺が何か行動に移る前に、声がした。
「罪深きモノ。傲慢 強欲 嫉妬 憤怒 色欲 貪食 怠惰。七つの大罪。その全てを持たぬ汝らは人にあらず。人にあらざるものよ。土にかえれ。土は土に。灰は灰に。塵は塵に」
これは誰が口にした魔法だろうか? どこかで聞いた覚えが…… ともかく詠唱で、光の柱も巨大な青いゾウもここから姿を消していた。
は? 意味が分からない?? どういうこと? 俺がたまらずにスクルドに問いかける。すると、彼女は微笑を浮かべ、ある方向を指さす。
「ねえ、見てアポロ! すごいのがいる!」
双頭のドラゴン。うねるその頭の一つは、天井を突き抜けていた。真っ赤な身体に鮮やかな黄色の大きな翼。固そうな銀色の腹部を堂々と見せ、大きな口を動かしながら、両方の首をぐねぐねと動かす。
サファイアドラゴンのレヴィンとは明らかに違う。感情が読み取れない真っ黒な瞳。会話なんてはなから無理だと理解してしまう、獰猛な牙からしたたる唾液と紫色の長く厚い舌。
あまりにも巨大すぎるドラゴン。奴が少し動くだけで天井が壁が崩れ……え? 粉塵が辺りに巻き起こり、人々の悲鳴……これは……死ぬ? 嘘! これって授業だよな? まさか!