第八章 工匠トカシア
「え? なんで? 俺達会うの初めてだよね?」俺は驚いてそう返すと、彼女は真剣な顔つきになって言った。
「知恵の林檎が教えてくれたの。式典の最中に……太陽神の名を持つ、強大な力を持つアーティファクト使いの少年に出会うって。ねえ、姉さまは? あの式典の時に何の預言を受けたの?」
式典って……多分ルディさんが少し前まで行っていた儀式のことだよな。そして、この少女も何かを感じ取ったらしい……
ルディさんは少し間を置いてから、優し気に話し出す。
「そうね。そのことも後でゆっくり話さなきゃならない。でも、少し待って。私もすぐに決断することができないこともあるから。でも、そんな固い顔しないで。そうだ、スクルド、アポロにアカデミーを案内してあげて。彼らにはしなければならないことがあるけれど、数日間ここに滞在するそうだから」
すると彼女の顔がぱっと輝き、俺に駆け寄ると、両手で俺の手を握った。少し冷たくて長い指。ほのかな香水の香り。自分で自分の顔が熱を持っているのを意識する。でも、彼女はそんなことは構わず楽しそうに、
「私の名前はスクルド。このアカデミーで世界史・伝承学を専攻しています。アポロに会えて嬉しいです。今日は私がアカデミーを案内させてもらいます。気軽に話しかけてね。よろしく、アポロ!」
俺が緊張しまくりながら、つい仲間の顔を見てしまうと、エドガーはにやにや顔。蓮さんはいつもの穏やかな顔で「アポロ、楽しんできなさい」
た、楽しんでと言われても……いや、楽しいんだろうけれど……
「そうだ、スクルド、アポロもそうだけれど、蓮をトカシアの元に案内してあげて。彼は凄腕の侍なの。トカシアがきっと彼の力になってくれるわ」
「はい、姉様。蓮は不思議な恰好をしているのね。きっとジパングの方よね? よろしく」
そう言うと、彼女は蓮さんの手も握った。ああ、これは挨拶で皆にするんだよな……当たり前だよな……
って! 何考えてるんだ! あーもう恥ずかしい! 今更手のひらに汗をかいてるのに気づいて、ズボンでそれを拭く。ふう……女の子と手を握るとか、いきなりだとやっぱびっくりする……
ああ、蓮さんとスクルドが和やかに、楽しそうに話をしている。エドガーもそうだけれど、蓮さんも、もてそうだからなあ……
いや、何考えてんだ! 俺たちはそのトカシアという人の元へと向かうことになった。スクルドの話しでは、優れた工匠と言うことだ。武器でも宝石細工でも何でも得意の職人らしい。
カモミールの庭を横切り、爽やかな香りの中を進むと、前方に大きな建物が見えてきた。赤レンガ造りの無骨な建物で、煙突からは黒煙がもくもくと上がっている。工場? 工房だろうか?
その入り口近くには大きな木製のテーブルがあり、そこにはいかにも大工や職人みたいな、筋骨隆々で動きやすそうな洋服の人達が休んでいるようだ。でも、様子が少しおかしいような……
この場所には少し場違いな、線の細い銀縁眼鏡の、アカデミーの制服姿の青年が目についた。どうやら彼が、アカデミーの制服姿らしき女性に怒られているらしい。
その女性は褐色の肌にまとめた黒髪。ヴェルさんとは違う意味でグラマラス……というか、貫禄のある身体の女性。アカデミーの制服姿であるが、丈が短く動きやすそうだ。ブレザーは着ていないしリボンもしていないが、シャツの胸元には炎とハンマーの刺繍がされている。