第七章 運命の少女
エドガーは彼女と共に、にこやかに談笑しながら進む。長身のグラマラスな美女と、かっこつけ勇者様とのカップルは、正直画になる。彼らの少し後を蓮さんと歩きながら、ふと浮かんだ疑問を口にしてみた。
「蓮さん」
「何だ?」
「エドガーはおっぱいが大きい人だけ好きになりますね」
蓮さんは立ち止ると、顔を下に向け、小刻みに身体を震わせる。
「蓮さん?」
「い、いや。いいんじゃないか? アポロのそういう純粋な所……」
「……はあ」ととりあえず返事をしてみるが、蓮さんの言葉の意味がいまいち分からない。蓮さんは硬い表情をして、無理やり真顔を作っているようで、俺もそれ以上は突っ込まず、歩き出す。
背の高い樹木が行儀よく成立する並木を抜けると、とても大きな建造物が俺達の前に現れた。一見どこかにある品のある古城といった雰囲気。ここからだとちゃんとした広さや奥行きまでは分からないが、アカデミーだし結構ありそうな気がする。
だが明らかに異なるのは、そこの外壁は白い大理石に似た不思議な材質らしいこと。そして魔力反応とアーティファクト反応が「抑えられている」ような感覚があるということだ。
俺がそれを思わず口に出すと、ルディさんが「うん。必要に応じて開放しているの」と優しく答えてくれた。ここにある秘密、魔道具、アーティファクト……考えるだけでわくわくが止まらない!
そのアカデミーの扉は、巨大な透明なガラスになっていて、先頭のエドガーが近づくと、え! 自動でガラスの扉が開いたぞ! え? エドガーは魔力を扱えないはずなのに!
俺がエドガーに確認をとると、
「ここは自動ドアなんだってよ。これから色々出てくんだ。いちいち驚いてたらきりねーぞ」
そうなんだ……自動ドアって、レイトホルムの貴族の屋敷にもなかったはずだぞ……まあ、ここが超技術により生まれた? 空中都市だと考えたら、さすがにこれで驚いてたらきりがないよな。
俺たちはアカデミーの中に入る。すれ違う人は制服姿の学生らしき人がさらに多くなる。白いシャツに何色かのリボン。それに紺や黒や茶色のブレザーを着て、胸には紋章の刺繍がある人もいれば無い人もいる。パンツやスカートは紺とこげ茶のチェック模様でなんだかいい所のお坊ちゃんやお嬢ちゃんみたいな雰囲気だ。
内部の壁も不思議な白い大理石みたいな材質で、神殿でもないのにどこか神々しい雰囲気がただよっている。通りすがる人々は俺と同い年から、蓮さん以上の歳みたいな人まで様々な年代の人がいて、皆楽しそうに雑談をしたり。アカデミーといってもピリピリした感じではなく、和やかでいいな。
しばらくアカデミー内を歩き、草木が生い茂る広場を抜けると、今度は建物が見慣れた赤レンガ造りの建物に変わる。ここは幾つかの建造物が集まって、アカデミーを構成しているということなのだろうか。
カモミールが咲き誇る庭園を横切り、落ち着いた雰囲気のお屋敷に俺たちは入った。そしてリビングにある大きな長机に全員で座る。ヴェルさんは先ず俺たちに、爽やかな風味のオーランドティーとハーブクッキーを用意してくれた。
ほっとする味と心遣い。この屋敷の中も派手さはないが、所々に花束や綺麗な風景画が飾られていて、落ち着ける空間だ。
エドガーがルディさんにこれまでのことをかなり詳しく説明した。ヴェルさんは静かにそれを最後まで聞いて、俺達に確認をとる。
「数日間は、ここにいても平気よね?」
「勿論だ」とエドガー。
「分かったわ。こちらでも調べ物をする。それにせっかく皆さんに会えたんですもの。今日でお別れなんて寂しいわ。エドガーや蓮にはこれまでの話しも聞きたいし……」
とここで蓮さんが「ありがとう。ただ、僕は刀を砥ぎたいのと、この力について詳しく話せる人に会いたい」
ルディさんは少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻り「分かったわ」と告げる。そうか、多分だけど、エドガーとルディさんを二人きりにしてあげようってことなの、かな?
そしてルディさんはなぜか俺を見て、
「アポロにも……そうね……あなたにはアカデミーの……」
そこで少しあわただしい足音が近づいてきて、大きな扉が開かれた。
肩まである柔らかい金髪。ルディさんと同じ青く美しい瞳。少し幼さが残る甘い顔立ちだけど、すらりとしたスタイルの良い身体。白いシャツに紺のリボン。それに紺のブレザーを着て、胸には不思議な樹木らしき紋章の刺繍。スカートは紺とこげ茶のチェック模様。学生さんだろうか?
彼女は小さな桜色の唇から、軽やかな声で楽しそうに言った。
「姉様! マルケスがビーブル爆弾を作って、第四実験室をめちゃくちゃにしちゃって! あ! ええと、お客様……ごめんなさい。学長。実験室で今事故があって……事故って言っても、もう私たちで処置はできたんですけれど、トカシアがもうかんかんで……」
「いいのよ、スクルド。この人たちは私の大切な友人だからそんなかしこまらなくても」
するとスクルドと呼ばれた少女は、少しほっとしたような表情を浮かべた後で、なぜか俺の顔をじっと見て言った「もしかして……あなた……アポロ……?」