第五章 その楽器は妖精の遊び場
ん? 天使の里みたく、また蓮さんだけ入れないってこと?
なんて思いが俺の頭をよぎるが、男性は俺をじっと見ていた。そうだ、アカデミーにはきっとアーティファクトがあるってことなんだ。俺は緊張しながらも「はい」と返事をする。
彼はすると多少和らいだ表情を見せる。
「それではこちらにお並び下さい。順番にアカデミーへと転送作業をさせていただきます」
彼の言う通り俺達は列に並ぶ。大きな荷物を手にした商人風の人。上等な服を着た生徒希望らしい少年とお父さんらしき人。軽装だがしなやかな身のこなしの、冒険者らしき人。大きな弦楽器を手にした詩人さんらしい人。詩人さんに会うのも久しぶりだなあ。俺は彼に話しかけてみた。詩人さんはにっこりと笑う。
「やあ、君はどこから来たんだい? 僕はレイトホルムの街から来たんだ」
「あ! 俺も少し前にその街に行きました。クエストで逆さバベルの塔に寄って……」
俺がそう言うと、言葉の途中で詩人さんは少し興奮気味に言葉をかぶせてきた。
「おお、同行されているのはエドガー殿と鳳来蓮殿だよね。君の若さで彼らと共に旅をしているなんてすごいな。ぜひその冒険譚をゆっくり聞きたいところなんだけれど、今はこの楽器を調律してもらいに来たんだ。ここのアカデミーならしてもらえると思う。古ぼけた楽器だけれど、思い入れがあるものでね。ああ、ごめん、僕ばかり喋ってしまって。どうだい、少し触ってみないか? このままでも結構いい音が出るんだよ」
楽しそうに語る詩人さんに大きな弦楽器を手渡された。一メートル以上ありそうな、四本の白い弦が張られた、瑠璃色の美しい楽器。ええと、高級なマジックショップに売っていたチェロって奴に似ているな……
というかこれ、もしかしたらアーティファクトじゃないのかな? アーティファクトと言うには、反応が微弱のような気もするのだけれど……
俺が指で軽く弦をつま弾いてみると、美しい音楽と共に薄藍の羽をした妖精が現れた。彼女は小さな身体を一回転すると、俺に向けてウィンクを投げ、消えた。
「これ、不思議な楽器ですね。でも、とてもいい音を奏でる楽器でした。ありがとうございます」
俺がそうお礼を言うと、彼はなぜか俺の両腕を握り、
「君は、調律師なのか? 信じられない! 色んな高名な魔術師や職人に依頼しても本来の力を取り戻さなかったのに、君が触れたら一瞬でこの通りだ! 君は一体……」
「ああ、それはもしかしたら、俺が古代魔術師だからかもしれません。この楽器には少しですが、アーティファクト反応があったみたいなので」
しかし彼は力強く俺の手を握ったまま言う。
「そうなんだよ! これはアーティファクトの力を持った楽器なんだ。でも、その力を回復させたのは君だ! 君だけなんだ! ああ、なんてお礼を言ったらいいか……」
「あ、いえ。俺、触っただけなんでそんなお礼なんていいですよ。直ったとかいうのもよくわかんないし。もしかしたらちゃんとした人に見てもらう必要があるかもしれないし」
「でも君にも青い妖精が見えただろ? 彼女がこの楽器の精霊なんだ。彼女が姿を現すなんて滅多にないことなんだ。そうだ、君にはこのメダイをあげよう、いや、受け取ってくれ。トール神の御加護があるというありがたい品だ。ああ、次は僕の転送の番みたいだ。それでは! 縁が合ったらまた会おう!」
俺にその小さな銀色のメダイを押し付け、そう言うと詩人さんは興奮気味にポータルのある場所へと進んで行く。
エドガーが俺の肩を優しく叩く。珍しく優し気な表情をして、
「アポロは女の扱いは三流以下だけど、機械とかの扱いはさすがだな。見直したぜ」
うっ……エドガーの奴、絶対小馬鹿にしてるだろ……でも、詩人さんがあんなに喜んでくれているんだからいっか。
それにこのメダイ。トール神のお守りだって言ってた。エリザベートは元気にやっているかな? 彼女に限って妙なことは起こらないと思うけれど、やはり状況が状況だから少し心配だな……うまくいっているといいけど……




